第3章 近づく距離
ギョッとした顔で俺を見てくるから失敗したなと少し焦った。
「あー……悪い、葉月でどお?」
『え、あ、いや……苗字で呼ばれるの慣れてないから名前で構わないんだけど……』
「けど?」
『降谷君、自分の容姿理解してないわけじゃないよね?』
「なるほど。恥ずかしいってわけ?」
『……分かってて聞いてくる辺り質悪いよね。』
「ははっ。俺の事も名前で良いよ。」
『……零君?』
「呼び捨てで」
『……零』
頬を赤くしながらポツリと名前を呼んでくれる愛が可愛いくて面白かった。
名前で呼ぶようになってから数日後、珍しく出掛けていた愛は慌てた様に帰ってきた。
バタン!
「ん?おかえり。」
『!た、ただいま……』
「どうした?何かあったのか?」
『……何もないよ?』
「そんなに真っ青な顔して嘘をつくなよ。」
『ただ、野良犬に追い掛けられただけだから。』
「野良犬?」
『野良犬。』
「犬ダメ?」
『小型犬は平気。』
野良犬はどうやら大きかったみたいだ。
真っ青になるくらいだから、よほど苦手なのだろう。
『私、ちょっと部屋で電話してくるね。』
「ん。」
彼女が部屋に入ってからチラリと窓から外を覗くと、近くの電柱に男がいた。
「(野良犬、ではないな。原因はアイツか。)」
明らか此方を見ているのが分かる。
まだ俺に気付いていない。
「……ストーカーだよな?」
帽子を深く被っているからか顔はよく分からない。
窓から離れて1度愛に話を聞こうと部屋の前に行く。
聞こえてきた声にノックしようとした手を引っ込めた。
『……どうしよう……アイツ来てる…………うん……』
「(アイツってあの男?)」
『それは駄目。何するか分からないでしょ?それに皆に頼めば追い払ってくれると思うから……』
「(皆?というか俺を頼ってくれれば良いのに……)」
『……大丈夫……うん、ありがと。』
それ以上は聞くのを止めてリビングに戻る。
奴はストーカーで間違いないが愛が俺を頼ってこない限り動くのは得策ではない。
「……もう少し、様子見てみるか……」
愛から話をしてくれる、頼ってきてくれると思っていた。
そんな安易な考えをした俺は忘れていた。
彼女が自分の事情に俺を踏み込ませない事を。