第1章 1部
カミナに叩かれた頭を擦っていた私に、鈴の音のような軽やかな声が聞こえた。
「あらあらさん、ごきげんよう」
喩えるなら花が通りがかったと思った。そんな表現が似合う位の美しい少女。
「こんにちはニア」
ニア、と隣のカミナが呟く。それに軽く頷いて素早く伝える。
(この子がさっき言ったニア。螺旋王ロージェノムの娘)
カミナが目を瞬かせた。
「こいつがラスボスの娘か。なんか意外だな」
獣人みてェにごつい女かと思ってた、と呟く声が聞こえて思わず噴き出す。
「どうしましたかさん?」
「な、何でも無いよ! ニアはどこかに行くの?」
「ええ。シモンにお弁当を届けようかと」
「そ…そう…」
思わず一歩引いてニアの手元の布包みを見る。
ロシウを筆頭に大グレン団の皆は知っている。ニアの弁当…もといニアの料理の破壊力を。私も例外では無く数日魘されたクチだ。
(…カミナ、ニアの料理は絶対食べちゃ駄目だからね。分かった?)
「あぁン? どういうこった」
(命が惜しかったらいう事聞いて!)
あの料理をお供えされたら、いくら幽霊のカミナでもひとたまりもないかもしれない。
ぼそぼそと隣に居るカミナに話しかけている間、ニアはずっとにこにこしている。
ニアの視線は私の隣、カミナの居る位置に据えられている。それに気付き小さく首を傾げた。
「…ニア、ひょっとして何か見える…とか?」
まさかと思いつつ尋ねるが、ニアはふるふると首を振る。
「いいえ、さんしか見えません。でも初めてお会いする方がそこに居る気がして…とってもとっても素敵なひとが」
「!?」
カミナと顔を見合わせた。
「初めましてごきげんよう」
にっこり笑顔のニアは深々と頭を下げた。
「…あのお嬢さん良い勘してやがんなあ」
シモンの所へ向かうニアと別れ、その背中に向かって手を振った。
眺めているとシモンの作業する石像の下に到着したニアがシモンを呼んでいる。
「そうだね。見えないみたいだったけど気配は感じたのかな」
「そうみてェだな」
ニアの声に気付いたシモンがニアの元に降りてきた。相好を崩して布包みを受け取っている。
「シモンの奴鼻の下伸ばしやがって」
あれが俺の弟分だなんて情けねェと口を尖らせているが、嬉しそうだ。
「うん。シモン嬉しそう」
「…そうだな」