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黒猫の悪戯

第5章 真白な涙


ただ前をみつめてはらはらと涙を流す彼女を見て鬼灯は思った。
綺麗だな、と。

その言葉が口に出たのか分からないが、彼女はやっと鬼灯の方を振り向いた。
酷くゆっくりな動作だった。


「…あなたは、わたしがみえるんですか…?」

「見えますよ。私は閻魔大王の第一補佐官、鬼灯と申します」

「…そっか、私地獄に行けるんですね。よかった」


力なくふわっと微笑む彼女。
目からは相変わらず涙が流れているが。


「…『よかった』とはどういうことですか?」

「…私、今死んでますよね。死ぬ前は、民に酷いことをしていました。私がふがいないばっかりに、みんなに大きな負担を負わせてしまいました。せめてもう少し頼りがいのある大人になって、罪滅ぼしをしたかった…のに…」


ぽろっとまた落ちる涙。


「なにもできないまま死んでしまった。本当に何もできなかった。せめて地獄に落ちて、罪を償いたいのです。民が感じた苦しみ以上を私も味わいたい」


彼女は両の手でぎゅっと自分の肩を抱いた。


「あはは…死んだはずなのに、自分の体が動いてて。でも誰にも見えてなくて…体中が熱くて、痛くて、苦しくて…私、これが地獄なのかな?って思ってました。誰にも気づかれず、ただこの痛みに耐えることが罰なのかと思っていたんですが、違うんですね。こんな生ぬるい痛みで、償いができるのか不安だったんですよ」

「…」


じぃっと椿を見つめる鬼灯。
彼女には今、鬼火を含め複数の妖怪が入り込んでいる。
おそらく、今彼女が痛み感じているのは複数の妖怪が彼女の身体の覇権争いをしているせいだろう。
彼女は『生ぬるい』と表現したが、そんなことはない。
言うなれば、彼女の身体が作りかえられているのだ。
今動かせているということは直に身体の主導権が彼女に戻り痛みも消えるだろうが、そこまでいくにはまだしばらくかかる。


「だから、よかった。これで私も報いを受けることができる…ありがとうございます、鬼灯様」

「…地獄行きかどうか決めるのは閻魔大王です。私ではありません」

「それでも、ありがとうございます。一人で勝手に辛いって思って、でもこんな感じで一人がずっと続いたら、いつかは勝手に許された気持ちになっちゃうんだろうな、っても感じていたので…」

「…」

許されたくないのに、と彼女は小さくつぶやいた。
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