第19章 潜入、白鳥沢学園3日目〜真夜中の食堂〜
もし、仮にそうなってしまったら、工がまた悲しい気持ちを抱いてしまう。そんなの、絶対に駄目だ。
そう強く思いながら脳裏に過るのは、大粒の涙を零しながら泣いている幼い工の顔。その顔を思い出すだけで、ズキリと胸が痛む。
(……あの時の事を思い出してしまうくらいなら、いっそのことその既視感を消してしまえば……)
–––––本当にそんな事をしていいの?
「……っ!?」
頭の中で響いたもうひとりの自分の言葉に、無意識に伸ばしかけていた手が止まった。その手を信じられない気持ちで見つめる。
……私は今、何をしようとしていた?
(そんなの、わざわざ自問しなくても分かってるくせに……)
工の前だというのに、思わず自嘲するような笑みをしてしまう。だから見られないように顔を俯かせる。
確かに私は、夢のせいで悩みながらも工の記憶を弄った事を割り切った。それは若利さんの言葉のおかげが大半だったけど、他にももう過去に起きた事だからと思っていたのもあった。
(割り切る前はあんなに悩んでたくせに、また同じ事を繰り返そうとするなんて……)
いくら無意識だったとはいえ……いや、無意識だからこそ余計にタチが悪い気がする。
そんな自分にほとほと呆れながら手を引っ込めてギュッと強く握ると、その上から骨ばった手が覆い被さった。それに驚き顔を上げると、心配そうに見つめてくる工と目が合った。
「どうしたんだ?……手が、痛むのか?」
「…………」
(ああ……)
思いとどまったとはいえ、つい先程まで記憶をまた消そうした私を心配してくれるなんて。その事を工が知る由もないと分かっているけど、途端に自分がちっぽけな存在に思えてきて。
覆っていた工の手をそっと離し首を横に振ると、「そっか、よかった」と工が安堵したように笑う。その顔を見ながら、私は口を開いた。
「工と会ったのは今回が初めてです。だからきっと、それは工の思い違いですよ」
私は一体、何回工に嘘を吐くのだろうか。