第2章 閑話
タクシーを降りて、乱歩は映を抱えたまま、探偵社までのわずかな石畳の上を歩く。
──重い。ほんっと重い。僕こういう担当じゃないんだけど……。
少しの距離とはいえ、映を抱えていて、しかも非力な乱歩には少々時間のかかる移動だ。かといって荷物のように映をおろして休むわけにもいかないし、人間だから置いてきぼりもまずい。
──早く目、醒まさないかな。
「──あれ、」
事務所のあるビルの前に、知った顔を見つけた。
──たしか、あの屋敷の。
「あぁ、こんにちは、探偵さん。そちらのかたは、あぁ、気を遣ってしまわれましたか」
「きみは……、あの屋敷で見たね。たしか……なんか気取った名前だった」
屋敷にいた使用人、ハイリの姿がそこにあった。
いつからだったか、映が異能を暴走させて櫻木婦人を鏡狂いにしてしまったときには、その喧騒にまぎれてすでに姿を消していた男。
「名前も憶えていただけていないとは。探偵さんもその程度、ということでしょうか」
──いちいち煽ってくるのは、この男の本質か? いや、それとも。
「興味ないよ。いま僕は映で手いっぱいだからね。たとえ──
──きみが事件の裏で手を引いていたとしても」
ハイリはなお黙っていた。少しも驚いた様子を見せず、うす気味悪い笑みを浮かべたまま。
「いやはや、探偵さんの観察眼には脱帽しますよ。いえ、帽子は好みませんがね。はは、えぇ、それが──
──異能力ではなかったとしても」
乱歩は聞かなかったふりをして、そのままビルの入口に立った。
その糸目がうすく開かれていたことなど、ハイリも、ましてや映も、気づかないままだった。
「たっだいまー! あーぁ、疲れた!」
底抜けに明るい名探偵の、頭の中の銀河のことなんて、誰にも推し測ることはできなかった。