第4章 六月の雨
その日、綴はなにか嫌な予感で目が醒めた。良からぬ気配がする。〝それ〟は、いつの日にかいなくなった、綴の大きらいな輩のものによく似ていた。
──思い出すだけでもいやなのに。
これだからこの異能は、と綴は嘆息した。あんな気に障るやつのことを思い出すくらいなら、頭蓋を割って引き摺り出した脳漿を洗濯するほうがずっとマシだ。それで、記憶を無に帰せるなら。
──嗚呼、いやだ。それじゃあ中也のことまで忘れてしまうじゃない。
たとえ記憶を失くしても中也に恋慕する。そんな確証もない自信が綴にはあったけれど、運命論者でもあるまいし、そんな非科学的なことは合理最適解ではない。
なんて、と綴はそれでこそ嘆息する。
「わたしは結局、森さんの掌からは離れられないんだ。なーんて、ね」
───
顔を洗って、目の醒めるような青いスカートに着替える。ブラウスのボタンはふたつ外すのが綴流だ。黒い5㎝ヒールを履いて踵を鳴らせば、いつもの綴のできあがりだ。
「さぁて、いきますか」
綴の1日がはじまる。