第3章 君だけだよ 【 郭嘉 夢 】
宴の場。みな高揚し和気藹々。楽しくどんちゃん騒いでいる。しかしその端の席で、異様に不機嫌を醸し出している者がいた。
「………」
その視線の先には美麗なる男性とそれを取り囲む女性陣。彼女達に笑いかける姿すら美しいから腹が立つ。ぐいっと器を煽り、黎邑は相も変わらずその光景を睨みつけていた。
「…呑みすぎじゃないか?黎邑殿」
「…呑まずにやれるかっての」
同じ机に並ぶ賈詡は、ほぼ目の座っている彼女の顔を見て一応声をかける。だが黎邑はまた酒を注ぎ、口にした。
「あんたそんなに酒強く無いでしょうに」
「うーるーさーいー」
「ほら、あまり呑ませすぎると、俺が郭嘉殿に怒られるんですって」
賈詡がそう言うと、黎邑の動きがぴたりと止まった。おや、と賈詡は彼女の顔を見たが、その表情に思わずぎょっとした。
「〜〜〜っ」
まずい、泣きそうだ。
こんなところで泣かれたらまるで自分が泣かせたかのようになってしまう。賈詡は慌てて黎邑をなだめようと試みる。
「れ、黎邑殿、ほら、落ち着きなさいって。水でも飲んでさぁ!」
「どうせ…どうせ私よりも美人で素敵な女性の方がいいんでしょう!?」
「それは俺に訊かれても…」
最もである。黎邑がそれでも郭嘉を断固として止めないのは、彼の〝自由〟に生きて欲しいという想いからなのだが、これを賈詡が知る術はなし。さてどうしたものかと困っていると、彼らのいる机に新たな影が落ちた。
「おや?私の邑、なぜだか元気がないようだね?」
噂の遊び人、郭嘉である。黎邑はキッと郭嘉を睨み付けると、溢れそうなものをなんとか堪えながら訴えた。
「誰のっ…せいだと…っ」
「…私のせい、かな?」
言って郭嘉は黎邑の目から溢れそうになっている雫を拭う。
「すまない、邑。寂しい思いをさせてしまって」
「……もう、いいわ」
あれが社交辞令だというのもわかっている。それでもやるせない、嫉妬に満ちた自分が嫌なのもあるのだ。そっぽを向いた黎邑の、酒で朱を帯びた頬に郭嘉の白い指がそっと触れる。ぴくり、と頬が僅かに震えた。そして彼の顔が彼女の顔のすぐ横に添えられる。耳元で囁くように。