第2章 天を掴もうとした手は最期まで【鍾会 夢】
しんと静まりかえる夜。それは、嵐の前の静けさとも思えるほど、静かな夜だった。彼女はその静かな夜の中寝台を出て、まだ灯りをつけて作業をしている夫の数歩後ろに歩み寄った。
「…士季様…」
「どうした、葎花。明日は作戦の日だぞ」
振り返らず答える鍾会の背を見つめ、茜葎花は少し視線を落とす。
「わかっております。明日、だからこそ…」
「…来い」
「…はい」
震えの混じった声を感じ取ったのか、鍾会は筆を置いて立ち上がり、彼女を振り返り呼ぶ。そして歩み寄って来た彼女を、そっと抱きしめた。
「明日、全てが始まる」
「はい」
「私こそが、手に入れるのだ」
「はい」
「ついて来れるな?」
問いかけではなく、確認の言葉。震えを生んでいたものがふっと軽くなり、茜葎花は口元に淡く笑みを浮かべた。
「もちろんでございます。私は、士季様のお力となるべく存在しております」
「…掴むぞ、必ず」
「はい、士季様」
しばし互いの熱を身に染み込ませた後、明日に備え、二人は寝所へと戻った。決戦は明日。時代を左右する、嵐となる。