第11章 《及川》セカンドキス

「及川さん」

バレンタイン当日が登校日なんて面倒だと思いながら、何度目かわからない名前を呼ばれて振り返る。

「ごめんね。受け取れないんだ」

いつもなら紙袋いっぱいになるチョコも、今日は一つとして受け取っていない。右も左も手ぶらな俺の姿に岩ちゃんは少しだけ嬉しそうに、それでいて驚いたようにした。

「どーした？ オイカワサンはチョコ貰えなかったのかよ」

いくつかのチョコが入ってそうな手提げ袋をゆらゆらとさせながら、優越感に浸っているような、どことなく何か特別な意味を含んでいるような口調に俺は苦笑いを隠せない。

「まぁ、そんなとこかな。岩ちゃんはナギからどんなチョコ貰ったの？」

そう、岩ちゃんは当たり前にナギからチョコを貰っていると思っていた。

「及川先輩」

ほんの一瞬だけ流れた沈黙を破るように響いた声は、どちらの声でもなかった。俺と岩ちゃんの後を追いかけてきた女子に名前を呼ばれると、いかにも本命ですって感じの綺麗な包装がされた箱を差し出される。

「受け取れなくてごめんね」

本日何十回目かと思われる台詞もここまでくれば常套文句と言ってもいいと思う。そんな台詞にバリエーションなんてあるわけもない。目の前で悲しそうにされれば可哀想だと思わなくもない。それでも、高校最後のこの日に欲しいチョコはひとつだけだ。
逃げるように踵を返したその子の後ろ姿を見届けると、岩ちゃんが隣で鼻を鳴らす。

「フン、オマエってホントムカつくよな」
「何言ってるのさ。彼氏の俺は貰ってないのにナギからチョコを貰う岩ちゃんの方がムカつくよ」
「それは……」

　俺と目が合う前にスッと視線を逸らした岩ちゃんは、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。

「それは自業自得ってやつだな」

　少し苛立たし気な口調で、その先の言葉を言い放った岩ちゃんの横顔はなぜか曇っているように見えた。本当は分かっている。ずっと、ずっと前から岩ちゃんもナギが好きなんだっていう事。俺の不安を煽る理由、その二。岩ちゃんの初恋の相手はナギで、それは現在進行形だと言うこと。