第6章 天主
「ほう…」
紙を受け取り、中を読んだ信長の表情に若干の驚きの色が表れる。
が、それはすぐに消え、いつも通りの無表情に戻っていった。
「貴様自ら確めた甲斐があるというものだな?」
信長は光秀の方を見ずに尋ねる。
光秀は頭を少し上下に動かして言った。
「どういたしますか?」
何を、という主語を省いて光秀が尋ねた。
その言葉にはじめて信長は光秀と目を合わせた。
信長の紅色の目がぎらりと光る。
「ニ千丁。迅速に用意しろ」
信長もまた何をとは言わなかった。
「承知」
そう言って礼をしたのち光秀が言った。
「出自等は明日から調べに入ります。訛りからいくと東側ではありましょうが、時々京の訛りが出ているので東とここ周辺に絞らせていく予定ですが」
信長は何かを書き続けながら言った。
「好きにしろ」
「忝のう存じます」
「して光秀、…」
信長が書き終えたのか筆を置き、先程より更に声を押さえて光秀に何かを命じた。
光秀はにやりと笑みを浮かべる。
「承知致しました。ですが信長様、…のような案もあるかと」
それを聞いた信長はふん、と笑って言った。
「貴様も大層使える男よ」
「有り難き御言葉」
光秀はそう言うと立ち上がった。
「貴様の好きにやれ」
信長が新たな書類を改めながら言った。
「承知致しました」
光秀はその琥珀色の目を細めてそう返し、「失礼しました」と小さく言って天主を後にした。
『上杉謙信、武田信玄両人の生存と
国境の第三支城にて千の兵を確認。
上杉武田の兵合計一万三千の模様』