第2章 chapter 2
【10年前】
―― あれは、今から10年前のこと。
俺が20歳で大学2年生の2月のことだった。
通常なら、2月の頭から春休みに入っているはずだった。けれど、テストの時期に運悪く体調を崩した俺は、1週間大学へテストを受けに来る羽目になってしまった。
俺は休んでいた分のレポートを持って、講堂に行き講師にレポートを提出した後、講堂の端の方に腰を下ろした。
軽く辺りを見回すと、俺のようにテストを受けられなかった奴がちらほらと見えて。
自分と同じような境遇の奴がいた事に、少しほっとしたのを覚えている。
そんな中実施された追試テストも、いよいよ最終日になって。
テストを終えた解放感と、やっとこれから春休みに自分も入れるんだという喜びでいっぱいだった。
友人達と予め約束していた旅行も、これで滞りなく進められる。
緩くなった心をそのままに、あれやこれやと浮き足立つ俺の目の前に、"彼"は突然現れたんだ――。
『う、わ…っ!』
「…って、あ、ごめん」
携帯を弄りながら、歩いていた俺は角から現れた人影に気付かず、ぶつかってしまった。
その衝撃で、相手が両手に沢山抱え込んでいた物が、ばさりと大きな物音を立てて落ちて。
散らばったその物をかき集めようと、腰を下ろした時、ふと一枚の紙が俺の目に止まった。
「これ、って…俺?」
『あ…』
さっと、紙を持ち上げて、まじまじと見つめると、そこに描かれているのは間違いなく俺の顔で。
色が塗られている訳でもない。背景に何か描かれている訳でもない。
ただ、黒い鉛筆で繊細に、細かく、立体感を持って忠実に描かれている俺は、今にも動き出しそうだった。
「上手いじゃん…」
『え…?』
心の底から漏れた言葉に唖然とされながら、俺は彼に笑顔でこう答えた。
「俺のこと、好きなの…?」
『…っ!』
そう、これが俺と『智くん』との初めての出逢いだった――。