第6章 chapter 6
【10年前】
その智くんの噂は、同じ学年だった俺の耳にも瞬く間に入ってきた。
何故そんな噂がたつのかと、友人達に聞いてみれば、ある有名なコンクールの最優秀作品に智くんの絵が選ばれた事が理由だったらしい。
その美術講師は、色々コネやそういう世界の繋がりに顔が効くらしく、智くんが賞が欲しいが為に、躰を使ったんではないかという、他の絵画サークル部員の妬みからくる噂だった。
だからなのか、俺の友人達も、他の学年の人たちも、誰一人として相手にはしなかった。
妬みや、嫉妬、智くんを疎ましく思う僻みから、そんな事を言うのだとみんな分かっていたからだと思う。
それほど、智くんの作品は、美しいし、誰もを惹き付けるから。
…みんな、学園祭とかで見てるしな。智くんの絵。
誰も相手にはしていないとはいえ、彼氏の俺としては少し不安に思う部分もある。
なんとかその不安を智くんには、悟られないようにしなくてはと、心に決めながら今日も美術室へ向かった。
ゆっくりと扉を開けて、中に入ると絵筆を持ったままの智くんが、キャンバスの前に腰掛けて、何を考えているのか分からない表情でぼうっとしていた。
「智くん…? 今、大丈夫?」
俺が智くんへ歩み寄り、近くで声を掛けると、智くんははっとしたように顔を上げて、俺の方を見てふにゃんと笑った。
「翔くん…うん、大丈夫だよ?」
「なんか絵に集中してるのかなって思ったから、声を掛けてもいいのか迷っちゃったよ」
「んふふ、翔くんなら絵を描いてる最中だって、話しかけてもらっても構わないのに」
「えぇ? そんな嬉しい事言わないでよ…俺、我慢効かなくなるよ?」
俺が、そう冗談を含ませた言い方で、言うと智くんは急にキョトンとしたような顔になって。
―― ゆっくりと俺に向き直って絵筆を置いた――。
「我慢なんてしなくていいよ、だって僕たち恋人でしょ?」
「え、智くん…?」
「今から、僕の家…来る?」
智くんは、小悪魔のように微笑んで、俺を誘惑してきたんだ。