第1章 姉妹
アトマイス家次男にして、出来の悪い方の息子ことダミュロン・アトマイス。
成人を少し過ぎた青年ではあったが、仕事はせず明るいうちから酒に賭け事にとその有り余る時間と大金を湯水ごとく注ぐ日々を送っていた。
彼は学問ができる方ではないが、機転を利かせることが人より少しばかり優れていた。しかし残念なことに、その恵まれた能力は正しい方向に使われることはなく、”つまらないイタズラ”ばかりに活用されていた。
おまけに無類の女好きで目についた令嬢から目につかないような人妻にまで愛を囁く。何かと悪評がついて回る彼だが、”つまらない”貴族とは一線引いた彼の誘惑にご婦人方もついつい乗ってしまうというからタチが悪かった。ダミュロンに手を付けられたくなかったら箱の中にでも隠しておけというのが美しい妻、娘を持つ男たちの談だった。
それゆえに彼に煮え湯を飲まされたものは数知れず、それでいて文句を言おうにも名家という名の盾に阻まれ誰一人として手を出せなかった。
噂話というものはそれをする人の娯楽だったり、その人物に向けるやっかみだったりから装飾されることは少なくない。
コバトは彼の噂を信頼する自分付きの侍女より知らされたが、実際話半分くらいで聞いていたつもりだった。
これだけの噂が立てられるのなら、噂ほどではないにしろ、相当ひどい人物かもしれない。自分は彼の目に留まるような魅力的なご婦人ではないが、声をかけられても絶対についていかない。
と、しっかり噂に踊らされていたが。
あの日、
見慣れた場所にいた見慣れない人影に気が付かなければ。
夜を切り取ったかのような漆黒の衣から目をそらせれば。
ゆらめく灯を映した翡翠色に囚われさえしなかったら。
今でも何も知らずに踊っていられたのかもしれない。