第1章 姉妹
その日もコバトは森にいた。
町はずれにあるそこは、コバトの住む邑に負けず劣らずの歴史があることを思い浮かばせるほどの木々が立ち並ぶ。
人の息のかからない静かな森。その場所にまったく似つかわしくない、ゴムボールが地面を跳ねるときのような気の抜けた音が不規則な間隔で繰り返される。
コバトは数歩離れた場所にいる姉を見やった。
姉-ピージオは弓を構え、まっすぐ前を見つめていた。彼女の視線の先には、彼女の二回りはあろう大木。顔の高さくらいの場所にやや歪んだ円が二重に描かれている。
背筋を伸ばし、弓を上方に持ち上げる。大木の歪んだ円の中心を見つめたまま、ゆっくりと弓を持つ手を上げる。一息つくと、今度は弓を下げながら逆の手で矢とともに弦を引く。
気の抜けた音のあと、ピージオは弓を持っていた腕を下げ、先ほどと同じように大木を見つめ続けたままつぶやく。
「どうして当たらないのかしら?」
本当に不思議とでもいうように小首をかしげる彼女を見てコバトはため息つく。
よく見れば-否、よく見なくてもピージオと的にしている大木の間にはあちらこちらを向いた矢が地面に転がっている。
大木の間としたが、ほぼピージオの足元だ。当たらないどころか弓から放たれた矢は重力に従って落ちただけのようだ。
ピージオが弓の訓練を始めて十数日目。
弓の持ち方すら知らなかった彼女が”矢を弾く”ことができるようになっただけでも驚くべき進化だ。それがたとえ亀の歩みよりも鈍いものであったとしても。
ピージオは足元の矢に目もくれず、筒から新しい矢を取り出し弓を構える。
ふんわりとしたスカートの裾がルーズな線を描く。
彼女が着ている白いワンピースに不釣り合いな弓と防具。
人の息のかからない森。
日常と非日常を感じさせるそれは、美しい一枚の絵画のようだとコバトは思った。
コバトは足を運んだことはないが、
聞けば、暇を持て余した貴族の若者が集まる「やんごとなき方々の交流の場」でも姉の評判は上々だという。まわりからは明らかなほど格下の家柄ではあるが、それを補っても余りあるほど姉という存在は他を引き付けるものがあるようだ。
しかし、そんな姉の魅力と弓の腕は比例しないらしい。
気の抜けた音とともにまた地面の矢が増えた。