第1章 姉妹
「旦那方もうそろそろいいですがねー」
しばしばこちらの様子を伺っていた商人のうちの一人が声をかけてくくる。いつの間にやら荷を運び終えた他の商人たちも苦笑いしながらこちらを眺めていた。
「もう少し待てないのかね。娘たちの初めての旅なんだから」
腐っても貴族のプライドからかさきほどとは打って変わって睨みをきかす父。
商人たちも向かう先と同じだからと好意で同行を許したもので、多少の手間賃はもらっているもののそのような態度を出されてはと思うものはあったようだが、年配の使用人になだめられて溜飲を下げた。
そのあとも馬車に乗り込むときに一言。段を上る際に娘の手をとっては一言。出発前にお付きの使用人に一言。と、盛大に出発を遅らせた。そのたびに不快を顔に出すものの商人たちはきっちりと待ってくれた。
そのたびには心の中で詫びるコバトではあったが、実はこれが原因で後でひどい目に合わされたりしないだろうかということが心配でたまらなかった。
ピージオが窓の外に手を振ったところで長い出発の儀式は終わった。馬が歩を進めるたびに石畳のガタガタとした振動が車体に伝わる。外見に比べひどく落ち着いた内装は目には優しいが、腰には厳しい。件の職人も乗る人間の快適さまでは手が回らなかったらしい。段差にひっかかるたびに体が浮いて落ちるを繰り返す。これでは目的地を前に体がバラバラになってしまうかもしれない。
「大丈夫?これ使う?」
意外にも救いの手を伸ばしてきたのは、姉であった。
ビロードの柔らかなクッションを妹に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「お父様ちょっと抜けてるのよね」
そこが可愛いんだけど。と外のモニュメントを上回る天使のような笑みを浮かべる姉。二人分のクッションを準備しているあたり父だけでなく妹のこともよくわかっている。
揺れは続いているが、クッションのおかげでバラバラになりそうな間隔からは抜け出すことができた。気持ちにも余裕ができたコバトは窓の外を覗く。気の進まない旅の始まりではあったが、外の世界に興味がないわけではない。友人の家、こっそり抜け出して買いに行ったケーキを売る店。見慣れた景色がゆっくりと通り過ぎていく。市民街の石畳を抜けレンガを積んだアーチをくぐる。徐々に小さくなっていく生まれ故郷。
気が付けば彼女を乗せた馬車は深い緑が茂る森の中にいた。