第1章 嘘つき
いつもの店の車ではなく、初めてパトカーに乗ったが、思ったほど気は弾まず、私も山崎さんもずっと無言のままだった。
アパートに着き、パトカーから降りても何だかソワソワして部屋に帰りかねていた私は、山崎さんの隊服の袖が少し破れているのに気が付いた。
「山崎さん、袖が」
「あれ?本当だ。さっきちょっとバタバタしたからなぁ」
と言って笑った顔が、いつも送ってくれた時の顔だったから、私は思わず
「直しますよ。上がって下さい」
そう言ったのだ。
一旦は断ったけど、結局部屋に入ってくれたのは、とことん優しい人だからなんだろう。
だって、正義のヒーローだ。
服を縫いながら、オーナーとお店の事を聞いてみたが、教えられないと謝られた。
そりゃそうか。私はぼったくりキャバクラのホステスで、この人は立派な国家公務員だ。
うつむいて手を動かす私に、山崎さんは一枚のメモを渡した。
「そこ、歌舞伎町では割ときちんとした店だから、行くといいよ。店の人には僕から言っておくから」
手に取ったメモがにじんで見えた。
限界はとっくに越えていたのだ。
縫い終わった隊服が汚れないように山崎さん胸に押し返し、待ち構えたように溢れ出す涙をぬぐった。
「えっ、さん、どうしたの?大丈夫?」
「…私、山崎…山田さんの事が好きでした」
「…あ…うん」
「あなたに逢えると思うと、仕事行くのちょっと嫌じゃなくなってたんです」
「…うん」
「私、実在しない人に恋してたんですね」
「…」
「ごめんなさい。変な事言って」
「ううん」
「山崎さんは、彼女、いるんですか?」
「…うん、まぁ」
「そっか。でも、山田さんには?」
「え?」
「私が好きだったのは山田さんです。山崎さんは私の知らない人です」
「…」
「だから、山田さん。もう逢う事も無いと思います。だから、片想いを終わらせる為に、抱いて下さいとは言いません。キス、して下さい。山田さんなら、浮気にならないでしょう?」
「さん、ちょっと落ち着いて」
「落ち着いてます。自分でも変な恥ずかしい事言ってるって分かってます。でも…嘘ついてたの許してあげますから。これで、チャラにしますから」
そこまで一気に言い、私は鼻をすすり、大きくため息を吐いた。
目をつむり、膝の上で握りこぶしを固くする。
5秒、10秒、15秒、沈黙が続く。