第1章 恋に落ちる
しばらくして震えがおさまってきた二宮くんがそっと離れていった。
腕の中にあった温もりがなくなって少し寂しい気持ちになる。
「あの···ごめんね。急に抱きついたりして」
恥ずかしいのか気まずいのか、その両方か、二宮くんはまた俯いてしまう。
「気にしないで。少し落ち着いた?」
安心させるように優しい声を出すと、チラッと顔をあげた二宮くんと目が合った。
その上目遣いの顔がヤバいくらい可愛くて。
そんな場合じゃないのに顔がゆるみそうになる。
二宮くんはすぐ下を向いてしまったから、その隙に顔を引き締める。
「うん···もう大丈夫」
二宮くんはまたそっと顔をあげると、今度は俺としっかり目を合わせた。
「助けてくれて、ありがとう」
その目からさっきより恐怖の色が薄れていることを確認できて、少し安心した。
良かったという気持ちを込めて笑いかけたら、二宮くんも笑ってくれた。
それはまだぎこちなかったけれど、入学式の時に見た花のような笑顔だった。
落ちていたネクタイを拾って汚れを払うと、そっと手渡す。
二宮くんはハッとした顔をすると、慌ててシャツのボタンをとめ始める。
その指先が細かく震えているのが分かって、横を向いた。
見られたくないんじゃないかと思って。
ネクタイを絞め終わったのを確認して、教室へ戻ることにした。
「今見たこと···誰にも言わないでくれる?」
丸山にも言っていたことを、俺にも言いにくそうに二宮くんが呟く。
本当はすぐにでも学校に報告して、こんなことをした丸山に罰を与えたい。
停学にでも退学にでもしてやりたい。
けど二宮くんはそれを望んでいない。
忘れたい、なかったことにしたいと思ってる。
俺は絶対許せない···でも、未遂だった。
下手に大事にしても、二宮くんが余計に傷付くだけだろう。
「二宮くんが望むなら、俺は誰にも何も言わないよ」
二宮くんは安心したように息を吐いた。
「本当にごめんね」
申し訳なさそうな顔をする。
「二宮くんが謝ることは何もないよ」
なにも悪いことしていないんだから、そんな顔しなくていいのに。
二宮くんには笑っていてほしい。