第4章 バイト
紳士靴コーナーに行くと、男の人が黒の革靴を試し履きをしている。靴ベラを探し、右左に頭を動かす。
「いらっしゃいませー、これ使いますか?」と靴ベラを差し出した。
「……え?」
田中先生!?
服装がガラリと変わっていたから気づかなかった。スーツ姿だからだ。
「せ、ん……むぐ」
「あのな、名前を呼ぶな」
口をふさぐ先生。長椅子に腰掛け、横にコートを置いている。どうしてこんなところに?
「なにしてんですか、そんな格好で」
ボソボソと小声で屈んだ。
まわりに見えないよう。
「んー、ちょっとな。個人的な打ち合わせ。 スーツしか持ってなくてな、靴を忘れたんだよ」
「そ、そうだったんですか」と紳士靴を見たら、これはここの靴屋の値段が高めな商品ではないか!絶好のカモだ。
「お客様、いかがですか?」
靴ベラを渡すわたしの顔は笑う。今日の売り上げに貢献出来る!さっきの失態も帳消しになるはずだ。
「あー、悪い」
踵に靴ベラを入れて、ストンと履いたあと、立ち上がって左右に歩く。
紳士服のモデルみたいに見えた。やっぱり田中先生はいるだけで絵になった。
「これにするわ、市川。ありがと。履いていくから、ここで会計してくれるか?」
靴ベラを返した先生は、
長椅子に座る。
「あ、はい! ありがとうございます!」
よし!今日、もう働かなくていいぐらいだ。レディース靴5、6足分だ。
タグを切り、お金を受け取った。レジに向かい、会計を済ませる。よし、よし!グッジョブ!
「せ、……あ、ちがう。ありがとうございます」
レシートとお釣りをニコニコしながら
長椅子に腰掛ける田中先生に渡した。
「ありがと、なあ、市川?身体、しんどくないか?大丈夫か?」
黒の長財布にお金を戻し、鞄に入れた田中先生は私を心配するように見ている。