第1章 12月7日
するとコンコン……とノックの音が聞こえる。
「市川、誰か来たぞ、早くその顔なんとかしろよ。よし、今日はもう遅いからな、車で家まで送って行ってやるよ」
「……え、先生の車!?」
嬉しい!
ああ、そんな事より、
誰か来たのに、全然分からなかった。
廊下の足音も聞こえないほど、キスに夢中になっちゃうなんて…………。見られたらどうするの、先生!何考えてんの!?こんなところで!
……全然気にしてない様子だけどさ。
…………。田中先生にとっては、お試しだもんね。揶揄っただけだもんね、あー。ヤダヤダ。こんな意地悪するような大人になんか、なりたくないよ。
むぅっとした顔して先生を見てたら、ドアを向いてた目から わたしの方を向けた。
「拭いとけ」と、わたしの唇に、田中先生の長い指が触れる。
「っ!!」
涎がだらしなく垂れていた。恥ずかしい!
真っ赤になってゴシゴシと拭いていれば、ガチャリと中へ入って来たのは、後輩の愛理だった。
……愛理!?
彼女は2年のデザインを専攻する女の子で、とっても可愛い。田中先生が孤高の王者ならば、愛理は高嶺の花と呼ばれている女の子。
「田中先生……少し、お話して良いですか?」
ちらりと、わたしを見る。ドクン…脈打つ。愛理の顔が緊張したように見える。それに顔も真っ赤だ。もしかして……
「ん?どうした、何か用か?」
ちらちら、わたしを見る。何故ここに先輩がいるんですか?というように目が語っていた。
「…………その、2人きりで話をしたくて……」
邪魔ってか。はいはい、出て行きますよーと、仏頂面して鞄を肩にかけて、デッサン用具をロッカーに置きにいくため、戸口へ歩いた。
その姿を見ていたのか、田中先生を横切った際、わたしに声をかける。
「市川、ここで待ってるからな。ちゃんと戻って来いよ?」
ドクン……心臓が鳴る。
田中先生がこちらを見ていた。わたしは「…はい!」と言って、一生懸命に笑った。
車の中は密室。2人きり……。
期待してしまう。お試しでも何でも、先生とキスをしたのだから、嬉しかった。でも、今、わたしが笑った顔は、最悪だ。嫉妬塗れだったから。