第1章 12月7日
ずっと、描き続けていれば、ふわりとメンズ香水が広がり、黒い服が目の端に入ったのが分かった。
心が即座に跳ねる。誰がそばに立ったか分かる。匂いすら格好良い香りを付ける男性は、この美術学校には1人しかいない。
何、何で横に立って見てるの!?後輩は!?ハイエナは!?
つい、緊張してしまって身体が強張る。変な汗が出ちゃうし、さっき汗かいたから臭くないかな……。少し落ち着かなくて、困っていた。
田中先生の授業で、デッサンやら課題をしている時、先生にそばに来られると、つい、わたしはいつも緊張してしまう。
すごく近くで喋ってくるんだもん。
変に意識して赤くなっちゃうんだよね。ほんと、恥ずかしくなる。
だけど、田中先生はそれだけいつも真剣。しっかりと同じ目線に立って指導してくれる、素晴らしい先生だと思う。
この先生のおかげで、教育大学へ進学出来たから感謝している。美術の先生に私はなりたかった。そのスタートラインに立てたのはこの先生のおかげ。
ずっと前を向いてデッサンしていたら、私の隣で、ずっと黙ったままだった先生が、糸を切るように、ふ、と笑った。