第3章 〜全てはここから始まった〜
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草花や大木が生い茂る庭園を星や月光が儚げに照らす。其処は正式名を『本丸』と呼ばれる麻衣の立派な実家なのだが、神社の奥の大門を境に貴族屋敷の様な平屋が覗いていた。
構造は一番大きな本殿に全振りの刀剣男士が纏まって生活し、二つ存在する二階建て離れは麻衣か祖母かで別れてある。他にも、十頭程入れる馬小屋だったり巨大な蔵が遠目にあった。周囲は畑や木に覆われ、色とりどりの草花達や橋の架かった大きな池が実に古風で風流に感じる。因みに、離れは門の逆に位置して庭を一望出来る特等席だ。奇襲の際も大将が奥なら、その麻衣を死守するのに絶好の場所である。
その為、麻衣はいつも自室がある離れで縁側に座り茶を飲んでいた。一口一口景色を眺めつつ、時間をかけて飲み干していた。そしてこの時も、彼女は一人で執務室前でお茶を嗜む。その横顔は憂いを帯びて、何かを黙考しているようだ。そんな中、背後の床がギシギシ鳴って一振りの付喪神が麻衣の元に来た
「……主よ、我も隣で茶を飲んで良いか?」
「構いませんよ、小烏丸様」
声だけで相手を把握したらしい麻衣は、振り返る事なく接近を許す。小烏丸と呼ばれた神は、麻衣の隣に遠慮なく胡座をかいた
「鶴丸国永から話を聞いたぞ。無礼な童に絡まれたそうだのぅ?」
持参した湯飲みに茶を注ぎながら、早速本題を切り込む小烏丸。声に些か剣呑さが混じって少年への苛立ちを隠せていない。麻衣はポアロでの出来事を思い出し、肩を竦めると困った様に笑った
「無礼かはともかく、まぁ、少しだけ…。だけど今は特に気にしてません。鶴丸達が叱ってくれて、既に気持ちは晴れやかですから」
「ふむ…ならば、先代との話し合いか?主は何を悩んでおる?」
「……これです」
首を傾げて不思議そうに尋ねられ、麻衣は傍に裏向けで置いていた一枚の書類を小烏丸に渡す。すると、彼は暫くパソコンの文章を目で追って全て黙読した。数秒の短い沈黙の間は、麻衣が茶を飲むズズズ…という音しかしない。読み終えた小烏丸は目を細めると、「ほう…?」と低い声で呟いた
「……成る程、警察も必死のようだの。余程『怪盗きっど』とやらを自分達で捕まえたいらしい」
書類の見出しは『怪盗キッド対策会議の知らせ』であった