第16章 〜山姥伝説 後編〜
「……まだまだ不可解な点は多いですが、村人達全員に事件と関わる秘密があるのは事実でしょう。彼らは山姥の正体を知っていながら庇っている。警察の方お二人もそれは十分に察しているようです」
「ああ〜、そうだね。村人達もその不自然さを隠すつもりなんてないだろうし。だけどその根拠がないから、僕ら問い詰められなくてホント厄介だって思うよ。こんな事件に難しい理屈なんて必要ないのにさ」
麻衣の言葉にすぐに同意を示した男は髭切だ。彼は理屈を求める捜査に不満を抱いているらしい。その言い分を聞いて青江も闇の中で、「ふふふっ」と怪しい笑顔を浮かべる
「こんなに溢れさせておいて、僕らを弄んだ気になるなんてね。……瘴気と事件の事だよ?最早村人達はあてにならないんじゃないかい?」
「紛らわしすぎるぞ!分かっているが、そういう卑猥な言い方はやめてくれないか?!」
「ふふふ、悪かったね膝丸さん。滅多に見ない穢れっぷりだから、ついつい興奮してしまったよ。随分多くの命が蹂躙されてるし、正に業が深い村だ」
少々卑らしい発言を膝丸に注意されたものの、青江は勤めて明るい声音で喋り続ける。しかし彼の瞳の奥は決して楽観的でないうえ、内容からして笑い事じゃ済まされないのは明白だ。彼らは只人には見えない、真実の一端を見つめる事が出来る者である。故に、足を踏み入れたその瞬間から村に巣食う闇を視た。夜の暗闇以上に濃ゆい穢れを感じ、視界に捉えてその奥深くまでをも見据える
「……けれど猟奇的な殺人をしながら、愉悦や無差別さなどの激しい感情が全く見えません。村人達は山姥の存在を一心に信じ、伝承を宗教の様に考えている節がありました。なのに、非人道な宗教によく見られる熱意が全く感じられなかった───」
麻衣はそう言いながら、真っ暗闇の外を見やる。そして思い起こすは、捜査中の村人達のリアクション。細かな証言を抜きにしても、実に淡白な態度でこう言ったのだ。「さぁ?こんなに狭い村だし、皆の事は筒抜けだけど不審な出来事なんて一つもなかったよ?多分山姥の仕業じゃないかなぁ」揃って軽い世間話のように、畏怖や信仰すら見せずに、唯々身近なモノの様に困った顔で言ってのけたのだ。可笑しい、ここの村は狂っているのか
「───続きは明日に持ち越しですね。彼らの言う山姥について、詳しく捜査してみましょう」