第6章 死者の声
懐かしい夢を見た。
私達が旅立つ前の晩、おでん様が紅條家にお忍びで来られた。
その日は夕食を共にすることになっていて、食事ができるまでの間、兄上は父上と共に薪割りをし、ユキは使用人と居間で駒遊び。
そして私は畏れ多いことにおでん様の膝の上で一緒に夕涼みをしながら空の茜が藍色に変わるのを眺めていた。
父上はかつてスキヤキ様に将来を見込まれてる程の人格者であった。
しかし啖呵切ってまで勘当されたおでん様に付き、共に戦って九里の大名にまで登り詰めるまでを支えて軍師となりながらも、大目付や赤鞘九人侍を束ねる役割も果たす。
その後、おでん様が海を出る手助けをして、海賊として世界を騒がせている間におでん様の代わりに九里を統治した実力者でもあった。
そんな過去があるからか、お互いに所帯を持って子を持つようになってからも、お勤め以外では家族同士の付き合いが続いたという。
特に、私はおでん様によく懐いて沢山の事を教えて貰っていた。
海の話
世界の話
種族の話
人の心の話
侍としての心得
身を守る術
モノの見方
その日は珍しく威厳を伴った笑ったお顔ではなく、どこか遠くを見て思いに更けている眼差しだった。
「ユリ。おれは海で沢山のものを見てきた。」
黄色くなりかけた月と九里が浜の海を見つめながらおでん様がそう切り出した。
「たくさんのものをでございますか?」
「あぁ。悪き者も良き者も、こことは非にならんくらい沢山おった。
海外ではモノの見方というのは勝者が決めて庶民に刷り込ませるらしい。
弱き者は勝者が決めた悪人を悪く言うことで己の未熟さを紛らわす。
無論そんな者ばかりではないがな。」
当時の私じゃ、おでん様のいうことが解らなかったけど今は解る。
ロジャーも父様も父さんも他の偉大な海賊や革命軍の猛者達も、天竜人という過去の勝者のプロパカンダで一言で悪者扱い。
勉学に疎き者や、弱者、そして末端の海賊や盗賊が蔓延る町では彼らをよく大悪党と言って嘲笑う。
自分が大したことないくせに。彼ら以上の何をしたと言うのだ。
成長と共に全くそういう言葉に耳を貸さず己の信念と信ずるものだけを大事に生きてきたんだ。
これからもそれは変わらない。
それは正しくおでん様が教えてくれた事そのものだった。