第81章 物狂い※
「・・・ッ・・・!?」
ドアノブを引いたはずだったのに。
その手に力は入らず、反動でその場に尻もちをついた。
「残念だけど、この部屋に入った時点で子猫ちゃんの答えは決まっているんだよ」
いつの間にか背後まで近付いている男に、見下ろされながら、そう言われて。
「この部屋には、昨日俺達が居た部屋と同じ空気が漂っている。香りが無い分、雰囲気は無いが使い勝手は良いだろう?」
・・・立てない。
力が抜けている。
それは男の言うこの空気のせいなのか、それとも恐怖のせいなのか。
考えている内に開けられた扉からの煙はすぐにこちらまで到達し、甘い香りを部屋に広げた。
「それに、この煙は女性にだけ効きやすい」
男は、立てない私の目の前にしゃがみ込むと、目だけの笑っていないあの笑顔を向けてきた。
「筋力を低下させる代わりに、副作用で記憶を無くしやすい。まあ、俺はそれもメリットだと思っているよ」
・・・そうか、だから昨日の記憶が少し曖昧なのか。
「君の場合、そのせいで眠っちゃったんだろうね。正直、本当に子猫ちゃんみたいで笑っちゃったよ」
そう言った男の手が伸びてきて。
恐怖と嫌悪から、慌てて必死に距離を取った。
「怖がらなくて良いよ。すぐに俺しか見えなくなるから」
その言葉を聞いた瞬間、体は硬直してしまったように動かなくなって。
それは薬のせいではない。
この男の目が・・・怖かったから。
「・・・っ!!」
担がれるように男に持ち上げられると、そのままあの煙の漏れてくる重厚な扉の先へと進み出して。
その最中、突然この空気の甘い匂いにようやく脳が反応を示した。
・・・この匂いを、私は知っている。
「君はこの薬を一度使われたんだろう」
それは少し前の出来事。
以前ストーカーをしていた客が、仲間を使って私を誘拐した際、今と似たようにその誘拐先の部屋に充満していた・・・あのお香の匂いそのものだ。
でも、なぜそんな事まで・・・。
「あれは、俺が君へと使わせたからね」
ずっと、私の脳内の声が聞こえているように。
まるでその前から私を知っていたかのように。
男は淡々と話しながら、煙の充満する倉庫のような場所に、担いでいた私をゆっくり下ろした。