第81章 物狂い※
「昨日の・・・?」
そうだ。
昨日、零・・・ではなく、透さんと二人で会った、情報屋だ。
でも何故、あの男がここに。
「ちょっと俺について来てくれないかい?話はそれから」
話し方はどこか陽気だが、目だけが笑っていない笑顔がどうにも気味が悪い。
あの時と同じように、高そうなスーツに身を包んで話し掛けてくる姿は、傍から見ればホストのようにも思える。
・・・実際そうであれば、私のような人間に、こんな所で声を掛けたりはしないだろうが。
「すみませんが、急いでいるので・・・」
どういう理由があっても、この男について行ってはいけない。
それくらいは私でも分かる。
問題なのは。
「そんな事言わないで」
「・・・・・・」
断り方だ。
「生きて帰りたいでしょ?彼の元に」
数少ないが、通行人に背を向けながらスーツの内側を徐ろに見せてきて。
隠すようにそこに存在していたのは、薄々察してはいたが、黒く重厚な兵器だった。
「・・・撃ちたいのなら、どうぞ」
向けられるのは慣れている。
それに、この男からは撃つという気配を感じられない。
それは今までの経験から、何となくでしか察することのできないものではあったが、妙な確信はあって。
なるべく落ち着いて淡々と返事をすると、何故か男は急に高笑いを始めて。
この高笑いも聞き覚えがある気がする。
・・・不思議なのは、その時の記憶が不鮮明だということだ。
「いいね、さすが彼が選んだ女性(ひと)だよ」
そして今、そこはかとなく後悔しているのは、この男のことをもう少しだけでも、零に詳しく聞いておけば良かったということで。
「・・・では、もう一度聞くよ」
男がそう言った瞬間、空気は一瞬にして変わった。
ジン・・・とまでは言わないものの、似たような危険な空気。
「俺に、ついてきてくれるかい?」
了承を得てきているようだが、限りなく命令に近い。
というよりは、それそのものだった。