第9章 仮の姿
彼女を抱えるなり、家まで走った。
すぐに彼女を家に送り届けたかった気持ちもあるが、何より早く彼女と離れないとどうにかなってしまいそうな程、気持ちが不安定になっていて。
鍵を彼女から受け取り、扉を開ける。
彼女を部屋に置いてスマホを渡し、早くここから立ち去ろう。そのことばかり考えて。
いや、考えるようにしていて。
部屋に入り、抱えていた彼女をベッドの上にそっと座らせ、靴を脱がしていく。
「・・・色々すみません・・・」
「気にしないでください」
申し訳なさそうにする彼女にまた罪悪感が出てきて。謝らなければいけないのは僕の方なのに。脱がした靴を玄関に置いて小さくため息を吐いた。
「ところで、先程の彼ですが」
聞きたくはないけど。彼女に関係のある男なら知っておかなくてはいけなくて。
僕の言葉にピクっと小さく反応を示す彼女の体。
「本当に初対面ですか?」
「・・・はい、初めてお会いしました」
視線だけは僕から離れなくて。
信じて欲しいという眼差しなのだろうか。
それでも彼女の嘘は下手で。
「・・・そうですか」
そんな彼女に笑いすら出てきた。あくまであの男のことを隠すんだな、と。
だったらこちらで調べるまでだ、そう思っているときに彼女が口を開く。
「安室さんは・・・どうして戻ってきたんですか」
「ああ、そのことなんですが。これだけは返しておこうかと思いまして」
タイミング良く彼女が聞いてくれて。ポケットに仕舞っていたスマホを取り出し、彼女へ手渡した。これを彼女が持ち歩くとは思わない・・・思いたくないが、追跡アプリは念の為で。
「・・・いいんですか?」
「先程も言いましたけど、使用は控えてくださいね」
そう付け加えた。
そして、あの置時計の位置を確認する。スマホの画面から確認した位置に変わらず置かれていた。隣には子どもの頃のひなたさんと、兄と慕う彼の写真が飾られていて。
「時計、置いてくれてるんですね」
その言葉に彼女も時計へと視線を向けた。
「素敵なもの頂いてしまって・・・ありがとうございました」
「いえ、気に入ってもらえているなら良かったです」
彼女は何も悪くないのに。
思えば思う程、悲しさや虚しさしか生まれなくて。
写真の彼が生きていたら違うやり方があったんだろうな、と悲しみの笑みを浮かべた。