第9章 仮の姿
「そう見えますか?」
挑発するような笑顔で男が発する。やはり彼女と男は初対面ではないようだ。
必死に冷静さを装ったが、恐らく男のことは睨んでいて。
「彼女、僕の知り合いなんです。僕が家まで送り届けます」
「そうですか、ではよろしくお願いします」
そう言って彼女へ手を差し出した。
足に力が入らないのか、ゆっくりとバランスを崩さないように腕を伸ばしてくる。
その間も目の前の男が彼女を支えていることに苛立ちが大きくなっていって。
いつもの温かい彼女の手が優しく僕の手に触れる。
その瞬間に、今までのもどかしさや苛立ちや嫉妬などの醜さが破裂してしまって。
「・・・・・・っ」
気づいたら彼女を横抱きにしていた。
「あ、ちょ・・・!」
「こっちの方が早いです」
「おや、そういう間柄だったんですか?」
男が試すような笑顔で尋ねてくる。
この男は何だか気が置けない。
・・・いや、そういう次元の人間じゃない。
ただの勘だったが、確信はあって。
「ええ、まあ」
嘲笑うように男へ笑顔を向ける。
これは安室透としての行動ではなく、降谷零としての嫉妬からくる行動だった。
「それでは僕達はこれで」
「ええ、では」
色んな意味で早くその場から立ち去りたかった。早々と別れの言葉を吐き捨て、笑顔はそのままで男に背を向けて車へ向かった。
その最中、男の車が発進するのを背中で感じる。
「あの・・・」
「足、大丈夫ですか?」
彼女が何か言いたいのは雰囲気で分かった。分かっていてわざと言葉を遮った。
先程の男のことについて話が出たり、僕についての言葉が出ることが単純に怖かったから。
「だ、大丈夫・・・です」
僕の腕の中で小さく不安そうに蹲る姿を感じれば、またいつもの感情が生まれて。
ゆっくりと丁寧に、割れ物を扱うかの如く彼女を助手席に乗せた。
すぐに車を出発させ、近くの駐車場に停める。それまではお互い無言で。
車を降り助手席を開けて、彼女を再び横抱きにしようとする。
「も、もう大丈夫ですから・・・!」
「ひなたさん」
断る彼女に圧力的な笑顔を向ける。
それを見て何かを感じ取ったのか、視線を落とした。
「失礼します」
無言の了承を得て、先程と同じようにゆっくりと抱き上げた。