第78章 監視下
「でも本当に良かったです」
「何がですか?」
その日は梓さんと二人で仕事だった。
復帰して約一週間。
ようやく生活に落ち着きを取り戻して来た頃だった。
お客さんも途絶え、二人で軽い賄いを食べている最中に、梓さんが唐突に切り出して。
「またひなたさんが戻ってきてくれて、ですよ」
そう言って向けられた笑顔を見ては、心が落ち着かされて。
それと同時に、私と関わっていて彼女は大丈夫なのか、と不安にもなった。
「私も・・・復帰できて嬉しいです」
それは単純な感情ではない。
ここまでくるのに色々あった。
それらが全て解決した訳ではないけれど・・・一先ずは落ち着きを見せているようだから。
今だけは、その小さな幸せに浸っていたい。
「・・・!」
そんなゆっくりとした時間が流れる中、突然ポケットに入れていたスマホが震え始めて。
振動からして着信だ。
「すみません、ちょっと電話出てきます」
「はーい」
梓さんに断りを入れてからスタッフルームに入ると、スマホを取り出して画面に目をやった。
私のスマホに電話を掛けてくる人は限られている。
最近ではその人物はほぼ一人に絞られていて。
「どうかしました?」
受話ボタンを押して電話に出ると、早々に用件を尋ねた。
『すみません。今日の夜、少し予定を空けて頂けますか?』
相手は零だ。
・・・いや、今は安室透というべきか。
私や零がポアロにいる時は、なるべくそうすることにしていて。
最近はたまに、バーボンとして掛かってくることもあるが。
いずれの場合も、安室透の画面表示なのには変わりがない。
「分かりました。ポアロが終わり次第、事務所に向かいます」
『お願いします。・・・それと』
予定を空けろという指示は、最近たまにあった。
それは探偵としての仕事が多かったが、たまにバーボンの傍に置かれることもあった。
その際は特にする事は無く、ただ車の中にいるだけ。
今はそれがバーボンの女としての役割だった。