第77章 知る由
「入りなさい」
ドアと呼べるギリギリのものを目の前に、彼女はその横へと立った。
開けた瞬間、鉛玉が飛んでくるなんてことも有り得なくは無い。
震えそうになる体を必死に抑え込むと、ドアノブへと手を掛けて。
大きく軋む音を響かせながらそれを開けば、その中は薄汚れた埃っぽい、光は隙間から漏れてくる僅かなものだけが見えていた。
「遅いぞ、ベルモット」
「・・・・・・ッ」
この声。
低く、それだけで人を殺めることができそうな声。
抑え込んでいた震えは、いとも簡単に小刻みにその姿を現して。
部屋の奥の方から足跡が近付く度、首を絞められているように息ができなくなった。
「あら、ごめんなさい」
言葉とは裏腹に、悪びれた様子の無い態度でベルモットが返事をして。
覚悟はしていたつもりでも、恐怖は簡単に膨れ上がった。
「これがバーボンの猫か」
僅かな光が、足音の主の姿を照らした。
黒いハットに、黒のロングコート。
そして、特徴的な銀色の長い髪。
顔はよく見えないが、今はその方がありがたくて。
「ええ、そうよ。バーボンに面倒掛けられたくないから、手荒な事はしないでよ」
一応、彼女はそういう姿勢を見せるのか。
それはバーボンとの約束があるからだろうが、本心はまるで分からない。
「俺の知ったことか」
「・・・!」
一瞬だった。
額に冷たい感覚を受けて。
それが銃口だということに気付くまでの瞬間が、あったのかどうかすら分からない。
「ジン、どうするつもり」
目が離せない。
体は指一本すら動かないのに、小刻みに震えだけは起こる。
そんな弱い姿を見せれば、狩られるのは一瞬だろうに。
体は全く、言うことを聞かなかった。
「あの男の前で一発ずつ撃ち込めば、吐くかもしれねえな」
そう言った瞬間、今までは見えなかったジンの鋭い眼光と、目が合った。
その時、今までに無く強く、死というものを感じた。