第9章 仮の姿
「・・・ひなたさんって、意外と頑固なんですね」
彼女に褒め言葉として受け止められる言葉。
ここまでくると諦めの心も必要なんだな、と思えば笑みが零れて。
・・・でも。
「今回のことは残念ながら見過ごせません。どこまで・・・何を聞かれました?」
聞かれた内容によっては、今後の行動が変わる可能性がある。聞きたくはなかったが聞かざるを得なくて。
暫く言葉を選んだ様子で黙った彼女をじっと見つめた。
「・・・バーボンとウォッカ」
その単語を聞いて体がピクリと反応してしまった。普段なら冷静に過ごせただろうに。
彼女の口からその言葉が出たことに少なからず動揺してしまって。
「二人の男がそのお酒の名前を口にしたのは聞きました」
「それだけですか?」
「・・・はい」
確かにイヤホンから聞こえた音声はノイズ混じりの途切れた物だったが。それでも、それだけという彼女の言葉が本当である確信はない。
「・・・まあ、いいでしょう」
でも今は彼女を・・・ひなたさんを信じる他なくて。
今できることは、組織に潜入している僕のコードネームがバーボンであることを、バレないように全力を尽くすことだけだった。
今後彼女を本当に手伝わせるのかどうかは置いておき、とりあえず暫くはポアロのみに出勤することをお願い・・・命令して。
分かりました、と納得いかない様子で彼女は頷く。
本当はポアロにだって行ってほしくない。
そんな我儘な気持ちさえ出てきてしまって。
「とりあえず、今日は家まで送ります」
そう言って山奥から車を動かす。
車内では彼女がどのように盗聴器作りを学んだのかを話した。合わせて、今後は使用を控えることも。
一通り話の区切りがついたところで彼女が口を開く。
「・・・あの、私も一つだけ聞いておきたいんですけど」
「なんでしょうか」
少しだけ身構えた。
組織のことについてだと都合が悪いな、なんて薄ら思って。
「事務所の二階・・・お仕事がない間もたまに使っても良いですか」
「勿論、お好きにどうぞ」
なんだそんなことか、と心の中で大きく安堵のため息をつく。
寧ろその方が都合は良い。
同時に出てくるこの嬉しさの意味は何なのだろうか。