第76章 聞いて※
「・・・零」
何度目かの、彼の名前を呼んで。
それでも、零の視線が床から離れることは無かった。
「僕のことをそう呼ぶのは、もうひなたくらいだな」
何かを思い出すように、悲しげな目はそのまま、突然ポツリとそう零した。
てっきり沖矢さんの件だけで、こうなっているんだと思っていたが・・・彼の様子を見ていると、どうやらそれだけでは無さそうで。
「・・・警察学校の人達には、名前で呼ばれてたの?」
何があったか聞くべきか。
でも何となく、そのタイミングは今では無い気がしたから。
それとなく、会話を続けた。
「名前もそうだが、あだ名でも呼ばれていた」
「あだ名?どんな?」
「ゼロ」
・・・ああ、そういえば。
以前、杯戸中央病院でそんな話を聞いた気がする。
「本当だったんだ」
「信じていなかったのか」
「そういう訳じゃないけど」
正直な所、半分は言い訳のようなものだと思っていた。
だからあの時、子どもの『ゼロ』という言葉に反応を示したのか。
「でも、どうしてゼロ・・・?」
あの時彼は、透は透けているから何も無い、だからゼロだと答えていた。
でも、警察学校の人達は彼の本名を知っているだろうし、その時に安室透は居なかっただろう。
「零はゼロとも読むだろう、あだ名なんてそんなものさ」
「・・・そっか、そうだよね」
単純に考えれば確かにそうだ。
安室透という名前がどういう経緯で付けられたのかは知らないが、いずれにせよあの時の言い訳のようなものは、あながち間違いでは無かったんだとも思って。
「っわ、零・・・!?」
突然彼の腕が首の後ろに周り体を起こしたと思うと、軽々と彼の膝の上に向き合うように座らされて。
「呼んでくれないか、もう一度」
改めて言われれば、落ち着いていた心臓は再び荒ぶりを見せて。
「・・・零」
小さく呼べば、彼は優しい笑顔を見せて。
どちらからとも言えないキスを交わした。