第75章 貴方が
玄関から顔を覗かせた博士に謝罪をしつつ、手土産を手渡して。
上がって行けば良いという誘いに、今日はまだ用事が残っているからと丁重にお断りをした。
その時、部屋の中に居た哀ちゃんと目が合って。
何か含んだようなその眼差しに、言いたい事は分かっていると小さく笑って返すと、早々と阿笠邸を後にした。
・・・そう、今日はまだ用事が残っている。
視線を隣の家・・・工藤邸に目を向けると、ゆっくりその足を進めていった。
門の前で一度立ち止まり、小さく深呼吸をしてからインターホンに手をかけた。
『どうぞ』
誰か、なんて尋ねては来ない。
返事をした人物は、私が尋ねて来ることを知っているからだ。
門を抜け、玄関を開けると、こちらに近付いてきている人物が一人。
「お身体はどうですか」
「・・・おかげさまで」
いつもの笑顔を向けたまま、沖矢昴はそう尋ねてきた。
それに笑顔無く返せば、彼はその笑顔を深くして。
「どうぞ、紅茶を用意してますので」
そう言われて、いつもの部屋へと案内をされた。
ここへ来るのはすごく久しぶりのような気がする。
そう思いながら、ソファーへとゆっくり腰を下ろした。
「・・・ありがとうございます」
目の前に差し出されたミルクティーに目をやると、一度向かいに座る彼に視線を移して。
ミルクを入れて欲しいとは頼んでいない。
それでも、私がこれを好んでいる事を彼は知っているから。
そこに僅かな複雑さを感じながら、そのミルクティーを一口胃に流し込んだ。
「それで、お話ししたいこととは」
口をつけたカップを戻すと同時に、沖矢さんがそう切り出して。
・・・ここへ来ることは零には伝えてある。
けど、何の話をするのかは伝えていない。
不確かだから、というのも勿論あるが、もしこれから確認することが事実であれば、私は必死にそれを零に隠すからだ。
そしてそれは、できれば間違いであってほしいというものだった。