第9章 仮の姿
突然、彼女がポルシェとは反対の道を進む。
・・・尾行をやめた?
そんな淡い期待が出てくるが、彼女がタクシーを降りた廃工場手前でその期待は裏切られた。
ここは以前、ジンと会ったことがある場所。
同じ場所を使うことは珍しいが、単純に組織の人間と何か話をするためだけに停めたのだろう。
タクシーを降りた彼女は足早に廃工場へ向かっていった。それを気付かれないように追いかける。
気になったのは、反対側へ向かったにも関わらず、どうしてポルシェの位置が分かったのか。
もしや誰かと一緒に奴らをつけているのか・・・。
浮かぶのはやはりあの少年で。
色々と考えを巡らせながら、暫く廃工場がある敷地を進む。
彼女は突然、積まれたコンテナに背をつけると、ポルシェの位置を確認している様子で。イヤホンで何かを聞いて険しい表情を見せる彼女に心臓を掴まれたような気分になる。
・・・まだそうと決まった訳では無い。
そう言い聞かせて彼女との距離をゆっくりと詰める。
彼女がポルシェに近付こうとした瞬間、想像よりももっと早く体が反射的に動いて。
彼女の肩を掴み、もう一方の手で口を塞ぐ。掴んだ肩を押して体を壁に押し当てた。
恐怖を感じたのか、小刻みに震えながら目を固く瞑り、口を塞ぐ僕の手を剥がそうとする。
それを見て自分の中の何かが高まって。
・・・最低だな、と同時に思いながら。
今だけは心を無にした。
「・・・静かに」
小さく抵抗を見せている彼女の耳元でそう囁いた。
声で気付いたのか、目を見開いて僕の顔を見た。
どうしてここに。
そう言いたそうな視線。
それはこちらの台詞でもあって。
彼女の耳につけているイヤホンを外し、自分の耳につけた。途切れ気味で雑音が目立つが、その合間に聞こえてくるのは確かにジンとウォッカの声。
てっきりコナンくんと電話していると思い込んでいたそれはあっさり裏切られて。
まさか・・・これを彼女が・・・?
そう驚きの眼差しで彼女を見た。
「・・・これは貴女が作ったものですか?」
限りなく小さい声で彼女に尋ねる。少しの間を置いて彼女が小さく頷いて。
ということはこの繋がれているスマホは・・・と、彼女の手からそれを取り上げる。どうやらポルシェの位置を示すナビの役割。
それらが意味することを考えるのは恐ろしくて。