第9章 仮の姿
依頼が終わったはずの彼女は、何故か自宅とは反対方向の電車に乗った。見失わないように、けれど見つからない距離で彼女の後をつけていく。
電車を乗り継いで向かったのは平日なのに何故か人が多いショッピングモール。
ただの買い物だったのだろうかと思いながら、帽子を目深に被り直して。
少しの間、彼女は店内を歩いて回りとある店の中で足を止めた。
手にしているのは一着のワンピース。彼女が普段着ている服とは系統が違うが、似合う確信はあった。
暫く考えているようだったが彼女はため息をついて、それを元に戻してしまった。
結局、暗くなる頃までそこにいたが買ったものはひとつもなくて。ただ見に来ただけかもしれないし、ここで誰かと会う約束をしていたのかもしれない。
例えばあのメガネの少年、とか。
彼とは既に接触している可能性はあった。それでも周りをうろつく輩がいる可能性もあった為、自宅までは尾行することにした。
駅へ向かう彼女の後方を、姿を捉えながら進む。
大通りということもあって、帰宅者などの通行人で人は溢れていた。
彼女から目は離していなかった。
それでも一瞬にして彼女が視界から姿を消した。
全身で冷や汗を感じる。恐らく裏道へ入ったのだと思い、人混みをかき分けて後を追った。
・・・尾行に気づかれたか。
もしくは、何かと勘違いされたか。
それでも彼女をとにかく追いかけなくては。その一心で、姿を消した辺りの路地裏へ急いだ。
確かこの辺り・・・。
そう思って進んだであろう路地裏を抜けて、辺りを見回す。そこに彼女の姿はなくて。
素人のような失態にイラついてしまいながらも、まだ遠くには行っていないはず、と辺りを見回す。
すると目に飛び込む一台のポルシェ356A。
ジンの愛車だった。
また妙な胸騒ぎと冷や汗が流れて。
この辺りをうろつくとは聞いていなかったが、この車を彼女も見ていたとしたら・・・。
そう思って車周辺を探すと、離れた位置で車を睨むように見つめるひなたさんの姿。
それを確認すると、急いで風見に車を持ってくるように指示を出した。
きっと彼女はこの車を追うはず。
当たってほしくない予想程、当たってしまうもので。