第73章 未休み
「・・・っ!」
急に顎を掴まれて僅かに上げられると、触れてしまうんじゃないかというくらいに顔が近付いて。
苦しいくらいに心臓が締め付けられた。
「本当に・・・貴方が彼に会ってしまったことを、悔やみますね」
そう言った彼の声は、今まで聞いた事のないくらいに切なく、苦しそうで、耳を塞ぎたくなるようだった。
「いや・・・貴女に出会わなければ良かった、の方が正しいかもしれませんね」
掴まれていた顎から手を離され、顔も離された。
・・・何故、だろう。
私も彼とは同じ思いだ。
出会わなければ良かったとは思う。
けれど・・・こんなにも悲しくなるのは、何故なのか。
「でも、赤井秀一も僕も、諦めはしませんから」
赤井秀一も・・・という言葉に引っ掛かりは覚えた。
けれど、追求することはできなかったし、したくなかった。
その後、彼がいつ帰ったのか覚えていない。
それくらいに、私の意識は上の空だった。
最後にどんな会話をしたのか、何を言ってきたのか、何も記憶には残っていなくて。
・・・その方が良いと、脳が判断してそうしたのかもしれない。
私の記憶は、その日の夕方までのものが残されていなかった。
ーーー
その日の夜、約束通り病室に来てくれた零はスーツ姿で。
公安として仕事をしていたんだと察しながら、笑顔で彼を迎えた。
「どうだ、調子は?」
「思ったより平気。無理言って、一週間後には退院させてもらう予定」
いつまでもここに閉じ込められることが苦痛だから。
ポアロは無理でも、事務所で働いているくらいの方が気持ちが楽な気がして。
ゆっくり休めと言う彼の言葉も、首を振って拒否を示した。
そうできないのは、零が一番よく分かっているからか、一度拒否をするとそれ以上は強く言ってこなかった。
「・・・それと」
あまり良いとは言えない表情をしながら、彼は重たそうな唇を徐ろに動かして。
どんな言葉が来ても受け入れる覚悟を決めながら、手に力を込めた。