第73章 未休み
「私の・・・」
それはあの観覧車で落とし無くしてしまったと思っていた、私のスマホだった。
正しく言えば、零の・・・だが。
・・・いや、それより。
「どうして沖矢さんが私のスマホを持ってるんですか」
「赤井秀一から預かった、とでも言いましょうか」
だったら昨日来た時に渡してくれれば良かったのに。
その時には持っていなかったのかもしれないが。
・・・そういえば。
「赤井さんに文句言うの忘れてた・・・」
「文句、ですか」
取り出したスマホを私に手渡しながら、何を?と問うような目で沖矢さんが見つめてきて。
「スマホに盗聴器を仕込んでたんです。・・・沖矢さんに言ったところで、責められないと思いますけど」
「まあ、そうですね」
彼にも何度かされた事があるから。
それを今更とやかく言うつもりは無いが、許してはいない、と瞼をやや下げながら彼を見た。
「でも、赤井さんの場合それに救われたところもあるので、怒るに怒れないんですけど・・・文句くらいは・・・」
あの時、彼が零に伝えていなかったら。
何かが遅くなっていたかもしれない。
「赤井秀一に、どういう印象をお持ちですか」
「・・・え?」
どうして沖矢さんがそんな事を聞くのか気になった。
けれど、彼は何処とも言えない場所に視線を置いていて、その顔には笑顔が無かったから。
それ以上、聞くことはできなかった。
「・・・不思議な人だと思います」
それ以上の感想も、それ以下の思いも無い。
ただただ、存在しているのが不思議に思えるくらいの人で。
「僕からの好意と、彼からの好意は、違うと感じますか?」
眼鏡の奥にある鋭い瞳が、キラリと光った。
それが一瞬、怖いとも思って。
彼が・・・沖矢昴でないように思えて。
それは、明け方会った赤井さんに感じたものと似ていた。
「・・・違っても同じでも、どちらも今の私には必要ありません」
確かに少し、違いは感じる。
赤井さんからは支配感を感じるが、沖矢さんからはそういうものは感じられない。
だからと言って、どちらが良いというのも無い。
私には、零がいればそれだけでいい。
貪欲に、狂ったように、ただただ彼に溺れているのだから。