第9章 仮の姿
「・・・立てますか?」
少し落ち着きを見せた彼女をとりあえず助手席へ誘導する。
「・・・何があったか聞いても大丈夫ですか?」
そう尋ねたが、彼女は恐怖からか目を泳がせて口を噤んだ。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。僕で良ければ話したくなったら話してください」
そうとだけ伝えて車を彼女の家へと走らせた。
彼女を守れるのは僕だけだ。
そうは思っているが。
彼女が守られたいと思っているのは僕じゃない。
そうも思っているかもしれない。
そのもどかしい感情の中、彼女の自宅近くへと車を止めた。
「何かあったらいつでも連絡してくださいね。夜中だから、とかは無しですよ」
車から降りようとする彼女にそう伝えて。
それを聞いてまた彼女の目から涙が溢れる。涙を手の甲で拭いながら、再び僕の袖を掴んだ。そして声を絞り出すように言った。
「誰かに・・・見られていた気がして・・・っ」
「見られていた?」
「私の気のせい・・・だったのかもしれないんですけど・・・」
それはきっと気の所為ではない。黒ずくめの組織である可能性は低かったが、胸騒ぎが収まらない。
あまり良い行動とは思えないが、今僕にできる行動は1つしかないと考えた。
「実は事務所の2階も借りてまして。今日はそこで過ごしませんか?」
そう言って彼女を呼び込んだ。実際そこは事務所を借りた頃からたまに自分が使っていて。
大体はカメラのチェックなどに使っていたのだが。
彼女の服を取りに一度部屋へ行き、事務所へと向かった。先程の恐怖からかキョロキョロと辺りを見回す彼女に「大丈夫」とだけ伝えて。
僕がいる間は誰であろうと手出しはさせない。そう肝に銘じて。
事務所2階の部屋に入り、適当に座っていてくださいという言葉を真に受けて床へ座る彼女に、思わず笑ってしまって。
2人で腰掛けるソファー。それに心臓が落ち着かない。彼女がこんなにも近くにいて。手を伸ばせばすぐ届く距離。
それでもどこかぽっかりと空いた心の距離は遠いような気がした。
「今後、何か変わったことがあればいつでもすぐに連絡してください」
そう真剣な目で彼女に伝える。それは少しでも自分を頼ってほしいと思っての本心だった。