第9章 仮の姿
距離を置いて1ヶ月程経った。
彼女を少しでも忘れられるかと思ったが、逆に思い出すのは彼女のことばかりで。
部下からの報告はいつもと変わらない。事務所かポアロを行き来するか、たまに近くのスーパーへ買い物に出かけるだけ。
組織の目も、今は別件が動いているため、彼女からは薄れ気味だった。それを考慮して、近々普段の護衛を外すことを風見に伝えた。
そんなある日、梓さんからシフトを変わってほしいと連絡があった。正直、公安としての仕事が忙しくてそんな暇はなかったのだが。
過(よ)ぎったのは如月さんの顔。
会いたい。
強くそう思ってしまい、梓さんに了承の返事をした。
私欲で動くなんて言語道断ではある。でも今なら護衛だの張り込みだのなんだって理由がつけられた。
その理由・・・言い訳があるうちに・・・。
ポアロのシフトを変わったその日、柄にもなく眠れなくて早めにポアロへ向かった。修学旅行前の小学生じゃあるまいし、と自分を嘲笑いながら鍵を開ける。
ある程度の準備を済ませ、そろそろ彼女が着く頃だろうと外を覗いた。予想は的中し、いつもの気取らない彼女の姿がそこにあった。
こっそりドア側へ隠れ、彼女が窓を覗いたのを見て顔を出す。それに声をあげて驚く彼女が可愛くて。
やっぱり自分は好きな子を虐めてしまう性格のようだ。
「すみません・・・そんなに驚くと思わなくて・・・」
「わ、私こそ、変な声出してすみませんでした・・・」
真っ赤な顔で謝る彼女に愛おしさが込み上げる。
と、同時に自分の中で知らない感情が騒ぎ出して。
「驚いたひなたさん、可愛かったですよ」
彼女の目の前に立ってそう告げた。それは嘘偽りない本音。
そして込み上げる彼女への思い。まだはっきりと名前のついていないこの感情から確実に読み取れるものは、独占欲。
「な、なまえ・・・」
本当は無意識に名前で呼んでしまった。それでもなんとか誤魔化そうと繕った。
「あ、ダメでした・・・?」
彼女が僕をどう思っているのかは分からないが、少なくとも嫌われてはいないと思う。
今まで彼女にしてきてしまったことを、彼女が知ったときはどうなるか分からないが。