第9章 仮の姿
「失礼します」
ゆっくりドアを開いて顔を覗かせる。見えたのはテーブルに広げられた沢山の容器達。
僕の姿を確認すると、それらを保冷バッグに急いで戻し始めた。もう遅いです、と心の中で呟いて。
「それ、お弁当ですか?」
分かっているけれど。少し意地悪のつもりで改めて彼女に尋ねる。
「そう・・・、です」
恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに、小さく答えた。
「ほぉー、僕も一口頂いても良いですか?」
無論、これを貰いに来たのだけれど。
笑顔で彼女にノーと言わせない圧力をかけた。
「・・・練習なので美味しくないかもしれませんよ」
「構いません、如月さんが作ったものというのに意味があるんです」
その言葉は少なからず本心で。
自分のことを考えて作られたであろうこのおかず達を見て、彼女への特別な意識が増えていくことを痛いほど感じた。
お弁当を食べ終えた後、明日事務所で会うことを伝え合ってその日は別れた。
少し明日が楽しみな自分がいる。
こんな自分がいるなんて、こんな感情を持つ日がくるなんて。そう思いながら、愛車で本庁へと向かった。
翌日、事務所につけている監視カメラの位置を変えるべく、早めに事務所へ入った。ついでに盗聴器も設置して。
事務所のものをほぼ全て引っ張り出していたのは、カメラや盗聴器を仕掛ける目的もあったが、彼女に手伝いをさせているうちに、彼女のスマホへGPS式の追跡アプリをダウンロードする際のトラップでもあった。
注意が逸れている間に、素早く事を済ませた。
普段ならなんてこと思わない行動。
それが彼女に対しては何故か罪悪感が湧いてくる。
苦しさに耐えながら片付けを済ませ、その日は探偵として依頼の入っていたペット探しへと出掛けた。
それから暫くの間、彼女とは顔を合わせる程度に会うこととした。
実際、事務所には出向く時間もなかった上、ポアロでも元々シフトが被らないようにしていたこともあり。
それは単に忙しかったことや、彼女へ依頼のことをどう話すか考えていたこともあるが、1番は自分の気持ちを落ち着かせて整理する為でもあった。
その行動が逆効果になるとは知らず。