第69章 井の中
「零」
四日目の朝。
毎朝のトレーニングの為に、一度外に出る前の彼を呼び止めて。
「どうした?」
「・・・一緒に行っちゃ、ダメかな・・・?」
運動は苦手だ。
それでも、家で一人でいるのが辛くも寂しくもあったから。
それなら彼と、体を動かす方がよっぽど良い。
「・・・僕は甘くないぞ?」
「が、頑張る・・・っ」
彼がストイックなのは重々承知している。
何に関しても、彼は手を緩める事は無い。
だから尚更、苦手な物をそのままにしておきたくもなくて。
「その格好じゃ厳しいな。少し大きいが、僕のを貸そう」
そう言って彼はなるべく小さめのジャージを取り出してきて。
急いでそれに身を包むと、彼の匂いにも包まれて。
まるで彼の腕の中にいるようだった。
「やっぱり、少し大きいな」
着替えた私を見てそう言うなり、長い袖や裾を捲り上げていった。
靴だけは幸いポアロ用の動きやすいものだった為、それを履いて外に出ると、冷たい空気が刺すように頬を通り過ぎて。
「走るぞ」
道路まで出て軽く体を伸ばし終えると、彼はそう一言だけ声を掛けて、軽い足取りで何処かへと向かって走り出した。
必死に食らいつこうと追い掛けるが、鈍っている上に運動不足、そして、そもそも運動神経の無い私が、鍛えている彼に追い付けるはずもなく。
「・・・は・・・っはぁ・・・」
それでも、必死に走った。
零も、何度も後ろを振り返りながら、時折スピードを緩めて走ってくれて。
数十分走ったところで、着いたのはとある河川敷だった。
「少し休憩した方が良い。最初から無理をするのは良くない」
肩で息をする私とは反対に、殆ど呼吸を乱していない彼は、そう言いながら私を橋の下へと誘導して座らせた。
私が呼吸を整えている間も、彼は周りでトレーニングを続けていて。
かなりハードなそれを見ていると、足でまといになっているのが否めなくて、どうにも落ち着かない気持ちでいっぱいになった。