第69章 井の中
「波土さんの事件の後、事務所で寝ちゃって・・・誰かに起こされたと思ったら、目の前に赤井さんが居て・・・」
「・・・何か言っていたか?」
・・・前言撤回。
冷静さの中に、やはり殺意に近いものを感じる。
底知れない、赤井秀一への執着心というのか、隠しきれない怒りが私でも感じられる。
「特には・・・肩の傷を確認しに来たみたいだけど、今日は目的を果たしたから引き上げるって言って、すぐに帰ったよ」
そう伝えると、彼は指を口元に持って行き、何かを考え込むように目を僅かに伏せた。
「・・・零?」
動きを見せない彼の名前を呼ぶと、ようやく考えていた動作を解いて。
ただ、呼んだ名前は届いていない様だった。
「眠る前と後で、変わったことは無いか。些細な事で構わない」
突然口を開いたかと思えば、急に質問が飛んできて。
そう言われても、眠る前は意識を無くすように眠ってしまったから、事務所の様子なんて確認していない。
恐らく鍵は、赤井秀一の言う様に閉め忘れていたのかもしれない。
そのまま部屋に入り、スマホには何も連絡が入って無かったことを確認して・・・そのままソファーに倒れ・・・て・・・。
「・・・!」
そうだ、スマホはあの時手に持っていて・・・眠る直前に床へ落とした気がする。
けれど赤井秀一が帰った後、そのスマホは机の上で零からの電話を知らせてくれた。
・・・それまで私はスマホに触れていないのに。
その事を零に伝えると、彼は私のスマホを手に取り、何か操作を始めた。
てっきりあの時に、盗聴器のような物を部屋に仕掛けられたのだと思った。
が、まさかまたスマホに細工されるなんて思ってもいなくて。
暫くすると、彼は何故かスマホのカメラ部分をテープで塞ぎ、人差し指を立てると口元に持って行き、静かにというジェスチャーをしてみせた。
疑問はあるものの小さく頷くと、零は自分のスマホで何か文字を打って、私へと向けた。