第69章 井の中
「そんな事は無い、興味深いよ」
本当にそう思っているのか定かでは無いが、彼ならこういう事もすぐに飲み込んでしまいそうだと脳裏で考えて。
隣に座る彼が私の手にそっと手を重ねると、今日もいつも通り冷たいことに気づいたと同時に、その手についている傷にも気が付いた。
・・・それはきっと、あの時についた傷で。
「・・・どうして、あの場所が分かったのか・・・聞いても良い?」
突拍子も無いことは分かっている。
けど、今聞いておかなければ、もう聞けなくなってしまう気がして。
傷だらけになっている彼の手を見つめながら問いかけるが、彼から暫く返事は無かった。
「・・・ひなた」
改まったように名前を呼ばれ、手に向けていた視線を彼に向けた。
その目は悲しい眼差しで、私を見つめていて。
締め付けられるような気持ちでその目を見つめ返した。
「赤井秀一に会っただろ?」
質問を質問で返されると、一気に何もかもが止まった。
呼吸も、鼓動も、思考も。
いつから・・・バレていたのだろう。
「・・・ごめんなさい」
思わず視線が逸れた。
彼がこれから、どんな表情をするのか・・・確認するのが怖かったから。
「ひなたから会いに行った訳ではないだろ」
そう、ではあるけれど。
それを隠していた事には間違いがない。
接触を図られたら、報告するように言われていたのに。
「・・・僕が言い難くさせてしまっていたな」
「それは・・・っ」
違う・・・のだろうか。
確かに、言えなかったのは彼の見えない圧力を私が勝手に感じてしまっていたから。
でもそんなの、言い訳でしかない。
「・・・ごめんなさい、言えなくて」
そう謝った瞬間、彼の手に力が入ったのが伝わった。
「その時の状況を、詳しく教えてくれ」
意外にも冷静さを保っているように感じた彼を、少し不思議にも思った。
もしくは、自分を押し殺して私に問い掛けているのかもしれないが。
そうだとすれば、今の私は相当に・・・。