第69章 井の中
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「ただいま」
「おかえりなさい」
あれから零は、私の服を買いに出掛けて。
その間は、私が寝ている間に風見さんが持ってきてくれたという、自宅に置いたままだった機械を弄る為の道具で久しぶりに趣味の時間を楽しんだ。
零のいなかった数時間は、いつの間にか過ぎていたくらいに、待ったという感覚は殆ど無くて。
彼が玄関を開ける音と共に帰宅の挨拶が聞こえると、奥の部屋から顔だけを覗かせて、それに返事をした。
「ごめんなさい、散らかして・・・すぐ片付けるね」
「いや、構わない。元々、物なんてそんなに無いからな」
それは一目見ただけで分かる。
本当に必要最低限の物は何も無い。
それが少し、気持ち悪くも思えるくらいに。
手渡された服の中から適当に選び、それを脱衣所で身につけて。
まだ痛みの残る体は上手く言うことを聞かず、多少の苦労はあったものの、何とかそれを済ませた。
着替える最中気付いた腕の包帯は、あの時についてしまった跡を隠しているのだと思って。
「・・・・・・」
あれからどれくらい眠っていたんだろう。
ここであんな事があったなんて、正直信じられない。
零の体は本当に大丈夫なんだろうか。
また突然、あんな事になったりしないだろうか。
彼はいつも、ああいう危険な人物と関わるような仕事をしているんだろうか。
・・・いや、あれよりももっと危険な人物といるじゃないか。
今更な考えではあるけれど、そこはかとない不安が押し寄せて、身を滅ぼしてしまいそうだった。
「・・・零?」
「着替えられたか?」
とにかく一度部屋に戻ろうと体を半ば引きずりながら部屋を覗くと、彼は私の広げているパーツの一部を手に取り眺めていた。
私の呼びかけに気付くと、手にしていたそれを一度机に戻し、私の方へと寄ってきては手を差し出した。
「・・・面白くないでしょ?」
差し出された手に手を重ねると、ゆっくり丁寧に手を引いてくれて。
ベッドに優しく座らされると、彼もその隣に腰掛けた。