第9章 仮の姿
彼女といると自分が自分で無くなるような気がする。それは同僚だった、彼女が兄と呼ぶ彼にも申し訳なく思えてきて。
午後3時を過ぎた頃、彼女はポアロへとやってきた。
どうやら仕事を終えたようだ。・・・勿論、随時彼女の行動は報告が来ているから知っているのだが。
「こんにちは」
「お疲れ様です、如月さん」
カウンター席を指して座らせる。昨日と同じ席。
座ったのを確認すると、事前にここへくるタイミングに合わせて準備していたミルクティーを彼女の前に差し出した。
「僕の奢りです」
「そんな・・・お昼も作って頂いたのに悪いです・・・!」
「気にしないでください」
「気にします!」
頑固で律儀なんだな、と心の中で笑って。少し考えて何かを思いついた動作を示してみせた。
「では、今度如月さんのお暇な時で構いませんので、僕にお弁当を作っていただけませんか?」
それで少しでも僕のことを考えてくれれば、なんて心のどこかで思ったのかもしれない。少し困った様子の彼女だったが
「・・・味の保証は致しかねますよ」
そう言って了承してくれた。
「楽しみに待ってます」
笑顔で彼女に返す。プレッシャーを与える笑顔ということは自分でも分かっていた。それでも返した言葉に嘘偽りはなくて。
好きな子を虐める子どもの気持ちが、今なら痛いほど分かる。
「そうだ、話は変わりますが・・・如月さん、ポアロでも働きませんか?」
そして計画通りに事を進めていく。
梓さんは彼女が入ることを心底喜んでいた。それも、とても都合が良くて。
如月さんはいつものように不安そうな表情を見せたが、最後には首を縦に動かしてくれた。
これで一先ずは安心できそうだ。
その後、彼女を家の近くまで送り、家に入るまでは部下に見張らせた。
入室した報告を確認して、風見に電話をかける。
「ああ、今から戻る。例のアレは、準備が進んでいるか?」
それは彼女の監視を強める為のもの。やり過ぎている認識はあった。風見からも過剰では、という指摘もあった。
それでも彼女を信じているが、全く怪しくないという訳でもなかった為、やる他なかった。