第9章 仮の姿
「早いですね、また寝ぼけちゃいました?」
「初日なので遅刻しないようにですよ」
クスクスと笑って気持ちを誤魔化す。上手く立ち回らなければ。今はそのことにだけ集中した。
事務所に案内し中へ入ると、予想外という表情を見せた。ただの廃ビルを借りて1日で仕上げたのだ。これでも上出来だろう。なんて思いながら。
「資料を置くためだけの事務所なので」
それで彼女は納得してくれたようだった。
「ここに資料が溜まってしまっていて。如月さんのペースで構いませんのでまとめていただけますか?」
資料は実際僕が集めた物もあるが、殆どはダミー。彼女をここに拘束するための口実だった。そうとは知らず、彼女は意気込んだ様子で。
「分かりました、任せてください」
「心強い返事で助かります」
その言葉で罪悪感に苛(さいな)まれた。何も関係ない彼女が組織に目をつけられ、知らぬうちに護衛をつけられて監視され、行動が僕によって操られて。
心苦しい気持ちは痛いほど合ったが、組織が目を離すまでの間と自分に言い聞かせて。
事務所とデスクの鍵を彼女へ渡し、終わり次第ポアロへ来てもらうように指示し終えると、そのまま彼女を事務所へ残し、ポアロへと向かった。
お昼前になり、彼女が昼食を用意していなかった様子を思い出して。事務所を出た報告はなかった為、その日の賄いを容器に詰めて、梓さんに一言告げ事務所へ向かう。
途中、自販機でコーヒーを買ってポケットに詰めた。
事務所について息を整える。ドアを開けようと引いた瞬間、彼女が飛び出てきて。
咄嗟に体で受け止めた。
どうやら彼女も外に出ようとしていたようで。タイミングが良かったのか悪かったのか。
「おっと・・・!大丈夫ですか?」
思ったより小さなその体に愛おしさが込み上げて。無意識に、空いている左手を背中へ回そうとした。
「すみません・・・!!」
急いで離れた彼女に我に返る。一体何をしようとしていたんだ。自分でも分からない行動に吐き気すら覚えた。
「いえ、怪我がなくて良かったです」
そう言って、持ってきたナポリタンとコーヒーを手渡し、足早にその場を去った。