第67章 根無草
「事務所より、セーフハウスの方が近い。一旦そっちに向かうぞ」
「は、はい・・・」
思わず敬語で返事をしてしまうくらい、彼にしては珍しく余裕が無さそうな声で。
でもやっぱり、それ以上声を掛けることもできなくて。
そこへ向かうまでの最中、会話をすることは無かった。
ーーー
「・・・ジッとしてろ」
駐車場に着き、助手席を開けながら彼が手を差し伸べて。
先程と同じように横抱きにされると、セーフハウスの方へと足早に向かっていった。
辺りはすっかり暗くなってしまっているが、そんなに遅い時間では無いはずだ。
それでも誰にも会わず部屋に行けたのは、幸いと言えて。
部屋に入ると零は真っ直ぐにベッドへ向かい、私を優しくそこへおろした。
「・・・っ」
その傍に彼も腰をおろし、私の頬を撫でた。
まだ敏感さを僅かに保っているのか、いつもより鮮明に感じるその感覚に体を震わせ目を瞑って。
「れ・・・」
そこから薄ら目を開けたとき、気付かなかった彼の額に滲む汗と、何かを我慢するような笑顔に言葉を失った。
「零・・・っ、やっぱりどこか・・・!」
力が入らなかったはずの体は、反射的に起こされた。
それでもバランスを崩し、彼の体に寄りかかるような形にはなってしまって。
「大丈夫・・・気にするな・・・。少し疲れているだけだ・・・」
起こした体をベッドへ元に戻されると、言葉とは裏腹の表情を隠しながら、風呂場の方へ行ってしまった。
「零・・・っ」
大丈夫なハズない。
絶対に様子がおかしい。
あの時、どこかを怪我したのでは。
心配が増える気持ちとは反対に、体を動かす体力はもう僅かにしか残っていなくて。
それでも確認する必要がある。
そう思って、何とか再び体を起こし、彼の向かった風呂場へと向かおうとした。
「・・・っく、・・・ぅ・・・」
僅かに、呻くような彼の声が聞こえて。
それに妙な胸騒ぎを覚えた。