第67章 根無草
「・・・・・・ん・・・っ・・・」
次に目を覚ました時、一番に気になったのは甘ったるい何かの匂いで。
むせ返るようなその匂いに顔をしかめながら体を起こし、辺りの確認をした。
コンクリート製の壁の小さな部屋。
見たところ、上へ続く階段はあるが逆は無いみたいので、恐らく地下だろう。
寝転がされていた革張りのソファーは、決して寝心地が良いと言えるものでも無くて。
痛くなった体を擦りながら立ち上がろうとした瞬間、その足に力が入ることは無く、崩れ落ちるように無様に転けてしまった。
「・・・っ・・・」
何かがおかしい。
いや、おかしい事だらけではある。
そもそも、私は何故こんな所に?
「目、覚めた?」
「!!」
どこからか男の声がしたと思うと、それはいつの間にか目の前に立っていて。
完全に、視覚や聴覚の機能が鈍っている。
その上、筋力までもが低下している。
「よく効いてるみたいだ」
恍惚とした表情の中、指だけで私の顎を持ち上げ、その男の方へと向けられて。
その顔にはどこか見覚えがあるようにも思えた。
「・・・貴方は、ポアロの・・・」
そうだ、キーケースを忘れたという男性グループの内の一人だ。
ただ、今更そんなことを思い出しても、もう遅い。
「覚えててくれたんだ、嬉しいねえ」
言葉通りの表情を浮かべると、床に崩れていた私を抱き抱え、ソファーへと座り直された。
「君のこと、すごく気に入っている男がいてね。金もくれるって言うし、協力する代わりに俺らも楽しませてもらうことにしてさ」
そう男が言うと、背後から数人の足音が聞こえてきて。
ただでさえこんな体なのに、この人数では逃げる事もままならない。
状況は絶望以外の何ものでもなかった。
「ひなたちゃん・・・久しぶり・・・」
「・・・ッ!!」
突然背後から話し掛けられたその声にも、すぐに見せたその姿にも、見覚えしかなかった。
それは、いつしか零が助けてくれたが・・・私を襲ってきたストーカーのあの男だった。