第67章 根無草
『今すぐ向かってもらうので、五分後には・・・』
「分かりました、五分後ですね」
了承すると、お礼を何度も言われては電話を切った。
「どなたからですか?」
「お客様からです。ちょっと五分後に出てきますね」
子機を元あった場所に戻しながら、透さんの問いに答えた。
忘れ物はそう少くない。
今日のこれも、その内の一つ。
その時はそう思っていた。
五分後、再度出てくる事を透さんに一言告げてから、エプロンを外してキーケースを手にし、言われた通りにポアロの外へと出た。
どの辺りまで出れば良いだろうか、とキョロキョロ辺りを見回していると。
「すみません!遅くなって!」
その数分後に、右手側の路地から走ってやってきた男性が、息を切らしながら私に話し掛けてきて。
「いえ、大丈夫ですよ。これで間違いないですか?」
キーケースを両手に乗せてそれを見せながら尋ねると、彼はそれを手にして頭を下げた。
「これです、すみません!本当にありがとうございました!」
「とんでもないです。では、私はこれで」
こちらも小さく頭を下げて、店に戻ろうとした時だった。
「あの・・・っ、さっきここへ来る途中に見たんですけど・・・裏口の方に何か落ちてるみたいでしたよ・・・?」
「裏口に、ですか・・・?」
何だろう、誰かがゴミでも置いて行ってしまったんだろうか。
とにかく、そう言われてしまったからには確認せざるを得ない。
「確認してみます」
「僕もついて行きます」
恐る恐る裏手の方に回り、ゆっくりとそこを覗いてみるが、特に目立ったものが落ちている様子は無くて。
「何も無いみたいで、す・・・・・・ッん・・・!」
振り返ろうとしたその瞬間、急に背後から口元に布の様なものを押し当てられた。
この匂いは嗅いだことがある・・・。
そう思う時には、もう意識は遠くに行ってしまっていて。
呆気なく、全身の力と共に意識を無くしてしまった。