第67章 根無草
「・・・?」
呼ばれるがまま、カウンターの向こう側にいる彼の元へと向かい、小首を傾げた。
「ここからは、中をお願いできますか」
突然そう言うなり、手にしていたお皿を私に手渡した。
いつもは彼が中を担当し、私が接客をする。
暇な時には、調理を教えてもらったりもしていた。
けど、突拍子も無く交代を言われるなんて思っていなかったから。
戸惑いはしたものの、返事をしてお皿を受け取ると、既にまな板の上で出来上がっているサンドイッチをお皿に乗せて。
それをカウンターの向こう側にいる彼にお願いをすると、笑顔でお礼を言ってくれた。
あまり慣れてはいないが、これも彼なりの考えなのだろうと、その先の作業も黙々と進めた。
数時間後。
お昼時が過ぎ、お店も落ち着きを見せていた頃、ポアロに一本の電話が入ってきて。
「あ、私取ります」
零はポアロによく来るおばあさんと話をしていた為、その役を自分から名乗り出て。
主張を続ける電話の子機を手に取ると、応答の言葉を口にした。
「はい、ポアロです」
『あの・・・すみません。さっきそちらに忘れ物をしたみたいなんですけど・・・』
忘れ物・・・?
そんなものあっただろうか、と小さく零に視線を向けた。
だが、彼は不思議そうな表情を返しただけで。
「どういった物でしょうか・・・?」
『キーケースです。店の奥側に座ってたんですけど、机の下とかに落ちてませんかね・・・?』
ということは、さっきまで居た男性達のグループか。
そう思いながら、彼らが座っていたテーブルの下を除くと、確かにキーケースが落ちていた。
「キーケースありましたよ」
『本当ですか!?ありがとうございます・・・!』
安堵した様子の電話越しの彼に、こちらまで少し安堵してしまって。
『それであの・・・友人を使いに出したいのですが場所を知らなくて・・・外に出て持ってきて頂くことはできますでしょうか・・・?』
「構いませんよ、いつ頃でしょうか?」
手にしたキーケースを一度エプロンのポケットにしまい込みながら、そう尋ねた。