第66章 善と悪
「・・・何かあった?」
聞いても答えなんて返ってくるはずないのに。
聞くだけ辛くなるだけだと分かっているのに。
それでも聞いておきたくなるこの感情は、何なのだろうか。
「・・・詳しくは言えない、すまない」
大丈夫、知ってるよ。
心の中だけで返事をすれば、確認できたことへの安堵感だけはあって。
「もう・・・仕事は良いの?」
波土禄道のことについてはアレで終わったのだろうけど、それ以外の事を知らされる事は無かったから。
「・・・今はな」
今は、か。
それが今日だけの事なのか、明日までの事なのか、はっきりさせないのは彼なりの思いやりなのだろう。
私にとっては虚しさのようなものしか感じられないが。
「・・・取り急ぎ、昨日の事を聞かせてもらおうか」
・・・昨日?
その言葉で、日付が変わるまで眠ってしまっていたことにやっと気が付いて。
今、何時なのかまでははっきりしないが、外が暗いことを考えれば、数時間後の明け方前か・・・それとも丸一日経った夜なのか。
でも、気にするところはそこじゃなくて。
「・・・っ!」
突然雑に抱えられた後、乱暴にベッドの上へ転がされ、いつものように彼は私の体の横に両手を付いて離せなくなる視線で私を見つめた。
「あの男がいる家に、行ったことに間違いは無いな?」
零に尋問される犯人はこんな気持ちなのだろうか・・・と、できればしたくはない擬似的な体験に、恐怖だけが増していって。
「・・・間違い、ない」
「理由は」
淡々と進む会話。
普段優しい彼だからこそ、こういう真剣な時には怖さが目立つ。
「沖矢さんが、部屋の掃除を手伝ってほしいって・・・蘭さん達も来るからって・・・」
「僕に相談無しに、か」
相談したところで了承を得られるとは思えなかったが、それでもそれは事実だ。
「ごめんなさい・・・仕事中に変な心配を掛けたく無かったし、沖矢さんにお世話になりっぱなしだったのも嫌だったから・・・」
話があると言われたこと、赤井秀一の連絡先を知ってしまったこと。
そして、接触を図られたら報告しろと言われている赤井秀一が、ここに来たことが言えない事。
それが言えないのは・・・罪だろうか。